累計190万部を突破した警察小説の金字塔、「犯人に告ぐ」シリーズの最終巻『犯人に告ぐ4 暗幕の裂け目』がついに刊行された。神奈川県警の特別捜査官・巻島史彦は、誘拐や詐欺、殺人など数多くの事件の黒幕であるワイズマンを逮捕するため、再び劇場型捜査に乗り出す。神奈川県警は悪の首魁に手錠をかけることができるのか――。
 シリーズを書き終えた雫井脩介氏に話を伺った。

取材・文=立花もも

 

前編はこちら

 

捜査側と犯罪者側の視点を織り交ぜることで生まれた、独特の読み心地

 

――ネット配信集う、陰謀論者について描かれるのも興味深かったです。〈社会の変化の裏に誰かの強い意思が介在するのは当然であり、それを陰謀と呼ぶのは、何もせずに変化に呑みこまれるしかない無能たちの言い訳でしかない〉とある人物が思うシーンに、はっとしましたが、1巻から登場している捜査員の小川かつおが、無邪気にその論にのまれはじめているところも、リアルだなあと。

 

雫井:ものすごく小川っぽいですよね。ちょっと見聞きしたものを「そうなんだ」とすぐに信じてしまうのは、警察官として褒められたものではないかもしれないけど、思い込みを熱っぽく語ったかと思えば、「うーん、やっぱり違うのかな」と別の情報に触れてすぐに迷う。陰謀論ってけっきょく、そんなふうに人をふりまわすものなんじゃないかなと、書きながら思ったりもしました。

 

――そういう、ある意味「ふつう」な小川が捜査の現場にいることで、緊迫した空気がなごむのも本シリーズの魅力のひとつでした。

 

雫井:巻島の視点だけで進めると、なかなか物語に緩急をつけにくいんですよ。それに、巻島も現場指揮に臨場することはありますが、始終現場を走り回っていては捜査幹部としてのリアリティーがなくなってしまう。現場の語り部となってくれる誰かが必要になったとき、それを小川がこなしてくれるんですよね。作者としても、助かっています。

 

――おっちょこちょいで、ミスも多いけど、ここぞというときに強運を発揮して挽回する。そうやって居場所を得ている人って、けっこう社会にもいるよなあと読んでいて思います。小川に限らず、本シリーズは「いるいる、こういう人」というキャラクターの宝庫。社会の縮図を見ているようで、それも興味深いです。

 

雫井:それは僕自身が「こういう人もいるよな」と思いながら書いているからかもしれません。2巻の砂山兄弟みたいに、背景が重要になってくる人物については「どんなふうに生きてここにたどりついたのだろう」と考えるけど、たいていは「ここにこういう人間がいなきゃいけないから、とりあえず出している」という感じ。それがだんだん、おのおのの立場や思惑によって動き出し、物語において必要な人物に育っていくんです。

 

――こんなふうに活躍すると思わなかった、という人物はいますか?

 

雫井:まさか、1巻に登場した植草が、4巻でも登場するとは思っていなかった。しかも市長選に出馬するとは(笑)。

 

――こりない男だな、と思いました(笑)。でも、地位があるから失点を見逃され、しぶとく生き残る彼のような男もいるよなあ、としみじみしました。なんだこいつ、と読みながら腹は立ちましたけど。

 

雫井:小川とはちょっとちがうかたちで、彼の存在がスパイスになってくれたので、僕は書いていて楽しかったですね。結果的に、巻島の警察官としての矜持を際立たせる存在になってくれましたし。あとは、ワイズマン逮捕のカギとなる梅本は、2、3巻で登場したときは、とりあえず名前を付けただけの詐欺グループの運転手でしかなかったんですよ。

 

――あの時点では、なんの役割も背負わせるつもりはなかった?

 

雫井:そうですね。昨今、ふつうの学生が闇バイトに手を染めることがあるというニュースが自然と耳に入っていたから、なんとなく彼を「大学院生」だと描写した。それが結果的に、4巻で、経済的な困窮によって学問に打ち込むことができず、しかたなく犯罪に加担することになった青年、という時代を反映した重要人物に変わっていきました。あとは、ポリスマンの正体も、4巻に手をつけるときまで誰とも決めていませんでした。

 

――そうなんですか!?

 

雫井:3巻の時点では、とりあえず伏線として何人か出しておこう、と。4巻の骨組みを考える上で、この男しかいないな、という流れが見えたので、決まったという感じですね。

 

――その臨場感があるからこそ、読み手である私たちも先が読めず、翻弄されてしまうんですね。

 

雫井:そもそも犯罪のかたちは、時代によって変わっていく。2巻を書いたときは特殊詐欺という言葉が世間に浸透しはじめたころで、まさか海外を拠点に今のような大掛かりな犯罪組織が生まれるとは想像もしていなかった。そんなふうに犯罪の変化を予測するのは難しいのですが、リアルな犯罪をもうひとひねりふたひねりして、そんなやり方もあるのかと読者に驚いてもらうのも「犯人に告ぐ」シリーズの特色だと思っているので、現実を超える何かをひねりだすのが、毎回、大変でした。

 

――今作は雫井さんにとって、3作以上続いた初のシリーズ作品ともいえますが、書き終えたことで何か手ごたえは感じていらっしゃいますか?

 

雫井:1巻のように、捜査側の視点だけで書き進めるのは難しいだろう、と犯罪者側の視点も織り交ぜるようにしましたが、おかげで、警察小説でありながら犯罪小説でもあるという、両者の心理にアプローチできる物語を生み出せたかなと思います。犯人側の心情を積み重ねることで、巻島側に立っていたはずの読者も、いつのまにか犯人に自分を重ねて身につまされたり、肩入れしたりするようになる。捕まえてほしいけど捕まってほしくないという、独特の読み心地を生み出せたのではないか、と。

 

――まさに、砂山と梅本、そして淡野には、救われてほしいという気持ちでいっぱいでした。ワイズマンに対しては、成敗されろ! と思いましたけど(笑)。

 

雫井:とくに淡野を通じて、巻島が犯人にどこか共鳴してしまう姿を描いたので、4巻は徹底的に悪として追い詰めたほうが最後としてはすっきりするかな、と。登場人物それぞれが持ち味を生かし切って、シリーズを終わらせることができたことに、今はただただホッとしています。読者のみなさまにも長らくお待たせしてしまいましたが、最後の一作をどうぞ、堪能していただければと思います。

 

 

【あらすじ】
天才詐欺師・淡野は、警察の包囲網を潜り抜け、深手を負ったまま行方をくらました。神奈川県警の特別捜査官・巻島は淡野を逮捕すべく地道な捜査を進めながら、ネットでの配信番組〔ネッテレ〕へ再度出演し、公開捜査を試みる。一方、一連の犯罪の首謀者であり、警察に包囲された淡野を切り捨てる指示を出した〔ワイズマン〕は、横浜へのIR誘致に向けて魑魅魍魎の政界へ介入していく。神奈川県警は事件の黒幕である〔ワイズマン〕を見つけ出し、手錠をかけることができるのか。