衝撃のデビュー作『闇に香る嘘』にはじまり、『同姓同名』『逆転正義』など、予想不可能などんでん返しミステリーを書いてきた下村敦史さん。最新作では、全盲の容疑者、聾者の証人、失声症の証人がそろう前代未聞の裁判劇が描かれる。

 

「小説推理」2026年1月号に掲載された書評家・末國善己さんのレビューで『暗闇法廷』の読みどころをご紹介します。

 

 

■『暗闇法廷』下村敦史  /末國善己 [評]

 

どんでん返しが読者の常識も反転させる法廷サスペンス+本格+社会派推理

 

 下村敦史は、視覚障害者の主人公が、中国残留孤児として帰国した兄が本物かを調べる『闇に香る噓』で第60回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした。殺人罪で起訴された視覚障害者の裁判を描く本書は、原点に回帰した著者が新たな高みに立った傑作といえる。

 

 すべての光を失い、後天的な障害者を支援するNPO法人「天使の箱庭」に入所して生活訓練を受けていた美波優月は、深夜に施設長の荒瀬鉦太郎に視聴覚室へ呼び出された。そこで何者かに襲われた美波は、悲鳴を上げ相手を突き飛ばす。駆けつけた副施設長の太崎和子は、荒瀬の死体と血まみれの美波を発見する。

 

 美波の姉から依頼を受けた刑事弁護人の竜ヶ崎恭介は、無実を訴える美波と面会し弁護人になる。まず竜ヶ崎は、視覚に障害があり逃亡、証拠隠滅の恐れがない美波の保釈を求める。だが容疑を否認している容疑者の保釈は、難しい状況にあった。いわゆる人質司法など、作中の随所で現在の刑事裁判が抱える問題が指摘されるので、社会派推理小説としても秀逸である。

 

 無実を訴える美波だが、凶器のナイフに指紋が残り、現場から第三者の逃亡は不可能だった。さらに荒瀬が職員や入所者に性加害、セクハラを行っていた疑惑が浮上し、美波も被害者だったとの証言により動機も出てくる。だが美波は、性被害を一貫して否定する。

 

 美波が荒瀬に被害を受けていたと証言したのは、心因性の失声症で自身も被害者の10歳の少女・泉梨乃と、視覚に障害はあるが美波たちの前で荒瀬に性加害を問いただす太崎の言葉を読唇術で把握した嶋谷良平だった。

 

 竜ヶ崎が、性被害、障害者という二重な問題を乗り越え、卓越した推理と法廷戦術で検察の立証を崩していくクライマックスは圧巻である。

 

 竜ヶ崎の謎解きは、健常者であっても、言葉一つ、情報一つで簡単に認識が歪められる現実を暴いていく。本書のどんでん返しは、読者が信じていた当たり前を揺さぶり、別の解釈を突きつけて価値観をひっくり返しもするだけに強く印象に残るはずだ。