note主催による応募総数52,750件を誇る、日本最大級の創作コンテスト「創作大賞2024」で双葉社賞エッセイ部門を受賞。SNSでも大バズりの長瀬ほのかさんによる大人気エッセイ連載が待望の書籍化! 時に奇怪な行動をとる古生物学者の夫や家を半焼させた経験のある愛すべき祖母、出不精で素っ気ない関根という名のうさぎなどと過ごした日常を、ユーモアたっぷりに語った作品の執筆の裏話を著者に聞いた。
私が面白いと思うことを面白く読んでもらいたい、ただそれだけに注力して書き上げました
──本作の収録作のひとつでもある「古生物学者の夫」が「創作大賞2024」で双葉社賞を受賞し、そこから連載を経て、約1年をかけてようやくの書籍化となりましたが、改めて一冊の本を見返したとき、まずどんな思いが浮かんできましたか?
長瀬ほのか(以下=長瀬):連載は結構行き当たりばったりというか、好き勝手というか、書けることから書く、みたいな感じで終盤までほとんど無計画に書き進めていたので、「こんなに統一感がなくて、書籍になったとき大丈夫か?」という不安は常にあったのですが、今となってはどの話にも愛着があって外せないなと思いますし、こうして全体を見返してみると、私が長年書きたくて温めていたことと、現在進行形に近い夫とのあれこれがいい具合に混在して、なかなか読み応えのある一冊になったのではないかと、自画自賛の気持ちが湧いています。
初めて見本を手にしたときは、めくってもめくっても私の文章しか載っていないので、「なんだこの本は!」と一人でにやにやしてしまいました。自分で書いたものがこうしてまとまって、物理的に触れる形になっていることに、新鮮な驚きと感動があります。
──受賞前から継続的にnoteで執筆はされていましたが、受賞後に始めた連載は、それとはまた違ったご苦労もあったかと思います。大変だったエピソードや、逆に楽しかった瞬間などはございますでしょうか?
長瀬:連載の序盤は「これが本になる……」と気負いすぎてしまって、自分の実力以上のことをやろうとしてこけて泣く、みたいなアホな精神状態に陥ったりもしたのですが、いい意味で徐々に気が緩んで、今の私が書けることを書く、という当たり前なところに落ち着きました。
あとは、こんなにしっかり締め切りのある生活をしたことがなかったので、それが単純に大変でした。でも、私のようなだらしない人間は締め切りを設けていただかないといつまでも書けないので、本当にありがたい7ヶ月間だったなと思います。作品を一本一本コンスタントに完成させていく、という筋力が多少ついたような気がしますし、締め切り前に慌てて絞り出す過程で、この連載がなければ一生書けなかっただろうな、という文章がいくつも書けました。
嬉しかったのは、やはり読者の方から感想をいただけたことです。連載が更新されるたびに反応がもらえるので、それが励みになっていました。たくさん書くと、たくさん感想をもらえていいなあ、と。書かなきゃもらえないですからね。
──文章を書いて世に出ることへの憧れについて作中でもいくどか触れられていましたが、憧れるようになったきっかけや、影響を与えてくれた作品・コンテンツなどはありますでしょうか?
長瀬:明確なきっかけは、高校時代に綿矢りささんの『蹴りたい背中』を読んだことです。最年少で芥川賞を受賞して話題になったときに、母親から「私の友達が読んだらしいけど、なんか変な話だったってさ」と聞いたんです。その時は「へえ〜」って感じだったんですが、少し経ってからたまたま本屋で立ち読みして、衝撃が走りました。「どこが変な話だよ! 最高じゃないか!」と思って即買いました。小中学生の頃はハリー・ポッターなどを読んでいて、小説ってそういう別世界というか、非日常を楽しむものだと思っていたところがあったのですが、高校の教室の景色や、友人との関係、教師に対する視線など、自分自身とあまりにも近い範囲のことが描かれていて、本を読んでその世界に没頭するというより、むしろ首根っこ掴まれて現実に引き摺り出されるような感覚というか、とにかく痺れました。私もこういうのが書きたいと思いました。
今書いているのは小説ではなくエッセイですが、身の回りの出来事や人物、自分自身のことを観察して、関係性やおかしみを見出していくという点では、あの頃書きたかったことが一部書けているとも言えると思います。
──一風変わった夫との愉快なエピソードの数々が連載中から非常に人気でした。今回の一冊のなかで語りきれなかったこぼれ話などはございますでしょうか?
長瀬:いっぱいあります。こぼれまくりです。受賞作の中で、夫が街中で壁や床の石材に入っている化石をじっと見ている話は書きましたが、春に行った宮古島でも、きれいな海が一望できることが売りの高台で、夫はずっと床の石材を見ていました。ゴンドラを降りてすぐ「アンモだ!」ってゴンドラの軌道上で突然しゃがみ込んだりするので、係員に緊張が走っていました。
そんな感じなので、ありがたいことに夫のことはこれからもまだまだ書けそうです。本人もたまに「これエッセイに書いてもいいよ?」とか言ってくるので、満更でもない様子です。
──今回の作品は日常のささやかな出来事を掬い取ったエッセイ集になりますが、今後の執筆活動で書いてみたいテーマや、挑戦してみたいジャンルなどはありますでしょうか?
長瀬:食べたり飲んだりするのが好きなので、フードエッセイを書きたいです。何もしていない日でも何かは食べているわけで、ネタには困らないかなと思います。
あとは、旅エッセイですかね。基本的に出不精なので旅エッセイは向いていないと思っていたのですが、一昨年ロサンゼルスに行ったときのことをつらつらと書いてみたら意外と好評だったので、これからは積極的に書いていこうかなと思っています。ただ、私にとっての旅行=食べる、なので、旅エッセイと言いつつ、結局はフードエッセイになりかねないですが。
今回書き下ろしの「ごはんパズルのすゝめ」でもそのあたりのことを書いたので、食い意地の張った人間の「旅」がどういうものなのか、ぜひご覧いただければと思います。
──最後に、本作を手に取ってくれる読者に向けて、メッセージをお願いします。
長瀬:役に立つ本でも、人生を変えるような本でもありません。私が面白いと思うことを面白く読んでもらいたいという、ただそれだけに注力して書き上げた本です。一度読んで、本棚に戻したら、そのまま忘れてしまうかもしれません。でも数年後、もしかしたら数十年後にでも、久しぶりに会った昔の友達と同じ話で盛り上がるみたいに、また読んで笑ってもらえる。そんな一冊になったら、この上なく幸せです。