日本の海を守る海上保安庁。溺れた海水浴客の救助、大型タンカーの転覆事故や海外からの密輸阻止など、その任務は多岐にわたる。
陸では予想もつかないような事案と日々対峙する海上保安官の勇姿を、5人のミステリ作家がそれぞれ描いた本邦初の海上保安官アンソロジーです。
「小説推理」2025年12月号に掲載された書評家・末國善己さんのレビューで『波動の彼方にある光』の読みどころをご紹介します。


■『波動の彼方にある光』吉川英梨 伊岡瞬 梶永正史 麻生幾 額賀澪 /末國善己 [評]
アクションと謎解きが鮮やかに融合した海上保安庁ミステリのアンソロジー
遺失物や道案内でお世話になる警察とは違い、海上保安庁(海保)が身近な読者は少ないだろうが、海上の事件・事故を通報する118番が浸透し、領海警備など任務の重要性も広く知られてきている。本書は、その海保を舞台にした小説のアンソロジーである。
既に海上保安庁を題材にした作品を発表している吉川英梨、梶永正史、麻生幾らも参加していることからも分かるように、傑作ばかり五作が収められている。
難関を突破し特殊救難隊員になった浜岡舷太が、同期が経験を積んでいるのに自分は活躍の機会がないと苛立つ吉川英梨「シロウト・トッキュー」。テレビ取材で卓越した技能を見せ「特救の鷹」と呼ばれている特殊救難隊副隊長の矢上了が、クルーザーの転覆現場で救助を行うが救出順を最後にした男性が流されて死亡し、その父親が海保不要論を唱える与党の政治家だったため批判にさらされる伊岡瞬「荒天の鷹」。この二作の主人公は、同期への嫉妬、外部からの誹謗中傷といった組織に属していれば誰もが経験しそうな問題に直面するので、お仕事小説としても楽しめる。
荒天の中、離島でヘリの到着を待つ患者側と離島を目指すヘリの操縦士・栗本側をカットバックしながら進む梶永正史「コネクテッド」は、海洋冒険小説が多い本書にあって唯一の航空アクションである。
海保の国際組織犯罪対策基地の捜査官・水無瀬と捜査の目から逃れている〈ジゼル〉との戦いを描く麻生幾「ストリクス」は、息詰まる攻防に引き込まれる。
額賀澪「海めぐる給食室」は、父親の後を追い海上保安学校に入り成績トップで卒業した鳴海晴太郎が、巡視船に配属された初日に実習では問題なかった船酔いでダウンする。落ち込む晴太郎が、父親と同期で、ご飯を作る主計士の巴福子ら先輩や同期、家族の思い出によって再起する展開には、心に染みる深い感動がある。
どの作品も周到な伏線からどこで騙されたか分からない意外な結末を導き出しているので、アクション好きも、謎解き好きも満足できるはずだ。