「もし自分の人生に、突然こんな展開が訪れたら」と思いながら読んでほしい。結婚して15年、信じていた夫の不倫、そして夫の不倫相手との同居生活……。

 

 40歳を目前に何もかも失った女性が、再び立ち上がり自立しいていく姿を優しく描いた『ひろい夢にむ』の読みどころを、「小説推理」2025年11月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューでご紹介します。

 

宙い夢に棲む
宙い夢に棲む

 

『宙い夢に棲む』谷ユカリ  /大矢博子 [評]

 

妻と夫と夫の浮気相手が共同生活? 悲しみと衝撃を経て、彼女が見つけた「生きる道」とは──

 

 まもなく40歳になる絵里は夫と二人暮らし。両親の介護などで距離ができていた夫との関係を修復したいと思っていたが、その話し合いの場で夫から、他に好きな人がいるからと離婚を切り出される。

 

 数日後、浮気相手も交えて話し合いたいと言われるが、絵里はケガをして病院に運ばれてしまい、会合は有耶無耶に。おまけに入院中に漏水で部屋がめちゃめちゃになり、戻る場所さえ失ってしまった。

 

 そんな絵里に夫が手配した仮の住まいは2つの家屋がつながったいわゆる二戸イチ住宅の片方だった。隣家とはサンルームを共有する造りだ。そして隣に暮らすのは、あろうことか夫の浮気相手だと聞いて──。

 

 妻と夫と夫の浮気相手が共同生活をするという、何とも驚きの設定である。この設定だけみれば、さぞやドロドロした展開になりそうではないか。しかしそうはならないのである。それがポイント。夫とその相手にはある秘密があった。その秘密を知ってしまうと責めるに責められないのである。

 

 そんな状況で始まった共同生活の中で、絵里は新たな道を模索し始める。その過程において、夫の浮気相手やその友人が絵里の良き相談相手になるのだ。

 

 うまく行き過ぎではと思われるかもしれない。だがなぜうまく行っているのかという点が肝要なのだ。最も核になる部分は明かせないので持って回った言い方になるが、彼女たちがうまく行ったのは今の社会が孕むある問題に当事者として正面から向き合い、その上でより幸せな道を探そうとしているからなのだ。

 

 ひとつだけヒントを。職場のパワハラが原因で自殺した人の話を聞いた絵里がこう考える場面がある。

 

「弱い立場の人が弱い立場のままでいるのは、そうではない立場の人間がその状況を黙認しているからだ」

 

 夫の秘密とは何なのか、それを知った絵里がどう動くか。彼らの迷いと決断を、どうかじっくり味わっていただきたい。「自分だったら」と考えながら読んでほしい、優しい物語である。