5人の人気作家が描く、珠玉のお店ばかりを集めたミステリ短編集。 書店・純喫茶・バー・ペットショップ・クリーニング店……頼れるお店と、かけがえのない友人と。心が躍る謎解きを。

  やさしさ宿る日常の謎5編を収録した『やさしいお店で謎解きを お店×ミステリ アンソロジー』の読みどころを文庫巻末に収められた書評家・細谷正充さんの解説でご紹介します。

 

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やさしいお店で謎解きを お店×ミステリ アンソロジー 

 

■『やさしいお店で謎解きを お店×ミステリ アンソロジー』大崎梢 岡崎琢磨 今野敏 竹吉優輔 坂木司 /細谷正充[

 

「ペットショップボーイズ&リトルレディ」竹吉優輔

 

 二〇二五年七月現在、作者は長篇三冊と連作短篇集一冊しか、著書を刊行していない。非常に寡作な作家なのだ。本作は、その連作短篇集『ペットショップボーイズ』の第一話だ。ちなみにタイトルが、イギリス出身の人気ポップミュージックのデュオ「ペット・ショップ・ボーイズ」から採られていることは、いうまでもないだろう。もともとは違う名前で活動していたが、共通の友人がペットショップで働いていたことから、「ペット・ショップ・ボーイズ」と改名したという。なるほど、だから本書のタイトルが、『ペットショップボーイズ』なのか。だって舞台となっている「お店」が、ペットショップなのだから。

 

 茨城県の大型ホームセンター「ユアセルフ」内のペットショップで、アルバイトの南学人は、同期のアルバイトで動物マニアの栗須幸多と仲良く働いている。正社員は、店長の丹生、チーフの柏木亮弥、会計担当の牧田茜の三人だ。やる気のない店長を、学人は嫌っている。また店には、下手な駄洒落ばかりいっている「ホフマンさん」を始め、常連が何人かいる。そのひとりが、瑠璃ちゃんだ。近くの小学校に通う七歳の子供で、平日はいつも学校が終わるとやってきて、母親の仕事が終わる五時過ぎまで、ペットショップ内を見回ったり、動物のDVDを流している待合室にいる。余談になるが、現在のホームセンター内にあるペットショップはかなり広いものが多く、大人でも見ているだけで時間を潰せる。

 

 閑話休題。そんな瑠璃ちゃんのお気に入りが、三ヶ月前からマスコットとして店で飼い始めたインコのルリだ。しかし先月、糞からメガバクテリアが見つかったため、今は事務所で過ごさせている。そのせいでもなかろうが、ある日から、瑠璃ちゃんの元気がなくなる。気になった学人と幸多は、大丈夫になったルリを瑠璃と会わせた。だがそこでルリは、「ルリ、シネ」と連呼するのだった。

 

 ルリは事務所にいたため、酷い言葉を仕込んだのは、店の誰かだろう。学人と幸多は独自に調査を始めるが、瑠璃の母親に関する問題まで出てきて事態は錯綜。それでも、動物を利用し子供傷つけた犯人に怒りを燃やして犯人を追っていく。ふたりを突き動かす、この素朴な正義感が気持ちいい。犯人の正体とその目的は愚劣だが、読み味は爽やかだ。そこが作品の魅力になっている。

 

 なお、学人は同じ大学に通う、いつもミステリーを読んでいる冬馬という女性に惹かれている。また、常連の「ホフマンさん」にも謎がありそうだ。これらの要素が気になる人は、『ペットショップボーイズ』を手に取ってほしい。

 

 

「東京、東京」坂木司

 

 坂木司の「お店」ミステリーといえば、デパ地下の和菓子屋を舞台にした「和菓子のアン」シリーズである。だが、作者の「お店」ミステリーは、それだけじゃない。本作は、東京の商店街にあるクリーニング店を舞台にした連作短篇集『切れない糸』から採った。

 

 大学卒業間近の新井和也は、父親の急死により、家業の「アライクリーニング店」を手伝うことになった。店は、陽気な母親の良枝、アイロン職人のシゲさん、長年パートをしている中年女性の〝松竹梅〟トリオによって回っている。和也の主な仕事は、洗濯物の集荷だ。周囲は和也が店を継ぐことを期待しているが、本人は自分の未来について迷っている。きちんと就職した大学の同期の言葉に複雑な感情を抱き、大学の友人で、近所の「喫茶ロッキー」でバイトをしている沢田直之に愚痴を零したりするのであった。

 

 そんな和也に、同じ商店街育ちで、ずっと学校が同じだった糸村麻由子の様子を見てきてほしいと、麻由子の母親から頼まれる。広告関係の会社に就職し、ひとり暮らしを始めた麻由子が、突然家に帰らなくなり、髪型やファッションも変わったというのだ。麻由子と親しいわけではなく、顔を知っている程度の和也は、しぶしぶ仕事を装って麻由子を訪ねる。しかし、すぐに目的を見抜かれた。一方で和也も麻由子の態度などに不審なものを感じ、今まで何度も謎を解いている沢田に相談するのだった。

 

 それまで描かれてきたクリーニングに関する話が伏線になり、沢田の名探偵ぶりが引き立つ。さらにそこから麻由子の別の問題まで明らかになり、ストーリーは東京と東京人論まで行ってしまうのだ。いや、こういう話になるとは思わなかった。先が予測できないミステリーは面白いものである。また和也が、自分の進むべき道を決めるラストもよかった。おっと、忘れちゃいけない。映画のセリフや感想が盛り込まれているのも、読みどころになっている。

 

 なお『切れない糸』の「あとがき」を見ると、作者は、客が衣服を預け、それをまた戻すという〝ループ型取引形態〟により、コミュニケーションが生まれやすいことと、人が着た衣服は個人情報の塊であることから、クリーニング業に興味を持ったという。さらにクリーニング店を描くために、自然と商店街にも目が向いたそうだ。多数の「お店」が並ぶ商店街にあるクリーニング店を扱った物語は、まさに本アンソロジーを締めくくるに相応しい作品なのである。