『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞した砂原浩太朗による戦国歴史ロマン『烈風を斬れ』が、ついに発売された。
時代は大坂の陣前夜。太閤・秀吉により自害に追い込まれた関白・豊臣秀次の遺児である18歳の孫七郎は、大坂方の密命を受け、諸国に散らばる牢人たちを結集するために旅に出る。なぜ父は自害に追い込まれたのか。おのれは何者なのか。そして、孫七郎を襲う武士の正体とは——。
秀次の遺児にして唯一の生き残りの青年が、戦国の烈風のなか仲間とともに成長する姿を描いた本作の読みどころを、「小説推理」2025年8月号に掲載された書評家・末國善己のレビューでご紹介する。

■『烈風を斬れ』砂原浩太朗 /末國善己 [評]
出会いと別れ、戦い、恋、陰謀などを経験して成長する姿を描く戦国ロマン。
架空の藩・神山藩を舞台にした武家もので注目を集める砂原浩太朗の新作は、久々の戦国ものである。
豊臣秀吉の養子になった秀次は、秀吉に実子の秀頼が生まれた後に切腹し妻妾子女は斬首されたが、旅芸人が密かに秀次の子を出産していた。その子は木村重成に預けられ、秀次の前名・三好孫七郎を名乗る。
18になった孫七郎は、全国に散らばる牢人たちを大坂方の味方にする密使になり、従者の源蔵と諸国をまわる。若者が旅を通して成長する展開は、吉川英治『宮本武蔵』を思わせる。ただ吉川の武蔵が、一心不乱に剣を極めるのに対し、孫七郎は父を切腹させた豊臣家に複雑な感情を抱き、目標も判然としていない。徳川の世が続くのか、豊臣家が逆転するのか分からない混迷の時代を迷い苦しみながら歩んでいく孫七郎の姿は、現代社会が同じように先行きが見通せないだけに、ストイックな武蔵より共感できるのではないか。
孫七郎は、後に大坂の陣で活躍する名将たちを訪ねる。史実を踏まえながら有名な武将の意外な一面を浮かび上がらせ、秀次が死に追いやられた理由、真田信繁が幸村の通称で呼ばれるようになった理由といった諸説ある歴史の謎に、独自の解釈を与えた著者の手腕は、歴史小説に詳しい読者ほど驚きが大きいはずだ。
孫七郎の旅の中には、幸村が豊臣に味方するのを断ったのはなぜか、孫七郎を執拗に追い何かを奪おうとしている梟は何者で、その目的はといったミステリ的な謎も置かれている。これに孫七郎の恋の行方もからむだけに、ページをめくる手が止まらないだろう。
孫七郎は、関ヶ原で敗けた長宗我部盛親、毛利勝永、弾圧されている切支丹の明石掃部、関ヶ原で勝ったが牢人した後藤又兵衛らを訪ねる。その過程で何度も敵と戦い、時流に乗れなかったが絶望していない牢人たちから学び、自分の出自にも向き合った孫七郎がたどり着いた境地は、親ガチャにハズレても、生まれた時代が悪くても人生を投げ出す理由にはならず、諦めなければ結果がついてくると気付かせてくれるのである。