完全紹介制の小さなクリニックを訪れるのは、教師や作家、議員など一見“ちゃんとしている大人”ばかり。肩書きのせいか、誰にも言えない悩みやしんどさを抱えている彼らに寄り添う医師・本橋は、医療と倫理のグレーゾーンを漂いながら患者の心を少しずつ救い出していく。
「小説推理」2025年8月号に掲載されたライター・木俣冬氏のレビューで『Dr.グレーゾーン』の読みどころをご紹介します。


■『Dr.グレーゾーン』藤山素心 /木俣冬 [評]
教師、議員、作家……弱音を吐けない「先生」たちを救うのは、白でも黒でもないグレーな処方箋!
「ブラック・ジャック」は無免許医師の漫画だが「グレーゾーン」とは。Dr.グレーゾーンこと本橋桂は完全紹介制の診療所を経営している。そこに訪れるのは、教師、議員、作家、内科医、法人理事長とそれなりに地位や名誉のある者たちだ。
「本橋桂が好んで診るのは、どこにも行き場のない患者たちばかりだった」とあるが、相談者たちは一見すると行き場のない社会的弱者には見えない。だが、だからこそ誰にも弱さを見せられずしんどいのかもしれない。
第1章「あいつさえいなくなれば」の相談者は中学の英語教師。彼女は母親の介護問題を抱えていた。実家で母と同居している妹は一切、母の面倒を見ないため、長女として心身共に負担がのしかかる。追い詰められたすえ本橋の診療を受けることになり、そこで現代医療の違法にならないスレスレ(グレーゾーン)の方法を伝授されて……。
え、それってありなの……とちょっとドキリ。この世界、善人として生きることが良しとされるが、どうにもならない状況に陥ったとき善人で居続けることができるだろうか。倫理観に縛られて自分が崩壊してしまったら元も子もない。本橋は、自棄になって犯罪者になってしまう人があとを絶たないストレスマックス社会の救世主なのである。
「一般的な模範解答ばかりの保健センター職員や民生委員よりも、親身になって相談に乗ってくれるかもしれない。もっと適切な、もっと現実的な、患者だけではなく、その家族のことも考慮したアドバイスが聞けるかもしれない──」と本橋に希望を抱くようになる相談者。読者もまたいつしか本橋を頼りにしてしまうだろう。
違法スレスレ、グレーな世界にもかかわらず、なんだかほっこりする。「新しい自分になりたいです」「認知症ってことにできませんか」「寿命を延ばしていただきたい」と無理ゲーな相談にあくまで飄々と対処する本橋が魅力的だ。もしもドラマ化されたら、演者はあのひとがいいなあ、なんて妄想が膨らんだ。