人生の終わりを迎える人々の"最後の願い"が叶う、特殊リゾート施設「楽園クロッシング」。最期まで自分らしく生きたいと願う患者たちに、介護士の夏陽は懸命に寄り添う。 

 自分らしく生きて、死ぬこととは──。命の終わりに真摯に向き合う介護士と患者たちの心が交差する感動の群像劇。

「小説推理」2024年12月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューで『旅立つ君におくる物語』の読みどころをご紹介します。

 

旅立つ君におくる物語

 

旅立つ君におくる物語

 

■『旅立つ君におくる物語』藤山素心  /門賀美央子 [評]

 

命の期限が迫る時、人は何を心残りとし、何を回収しようとするのか。誰の人生にも必ず起こる“死”との向き合い方を、介護士の目を通じて問いかけるヒューマンドラマ。

 

 余命宣告を受けた後の人生を描く物語はさほど珍しくない。だが、その多くは当事者や家族目線、あるいは医療者の視点に吸収される。本作のように患者の生活を支える介護福祉士を主人公に据えた「余生小説」は珍しいといえるだろう。

 稲夏陽は一つの老人ホームで10年勤め上げてきたベテラン介護福祉士だ。しかし、入居者の死をビジネスライクに扱う勤務先の方針に耐えられず離職。ある種の抜け殻状態になっていたところ、以前深く心を通わせた入所者女性の手紙を発見し、彼女が終の棲家に選んだというターミナルケア専門の「楽園クロッシング」なる施設を訪ねる決心をする。

 ターミナルケアとは、死を前にした患者の苦痛緩和とQOL向上を目的とするケアのことだ。けれども、手紙には「楽園クロッシング」が一般的なそれをはるかに超えた“最期の願い”を実現させるための施設だと書かれていた。しかも、かなりの手間と巨額の金銭を要する願いさえ叶えるらしい。あまりの現実味のなさに犯罪の臭いを感じた夏陽は、施設の正体を暴こうと覚悟を決めて乗り込むのだが……。と、このようにホラーにもサスペンスにもなりうる導入で始まる本作だが、蓋を開けてみれば終末期の患者と真剣に向き合う人々の姿を描いたヒューマニティあふれる群像劇だった。夏陽は自らも最期の願いを叶えるスタッフの一員となり、21歳の若者、6歳の子供、そして同世代の女性の最期に立ち会うことになる。

 本作の著者は現役の医師。現代社会においてはもっとも死に近い場所に日々身を置いているのだろう。終末期を迎えた人々の様態もつぶさに見てきたのかもしれない。そんな作家がなぜ主人公に介護福祉士を選んだのか。それは、第4話「消えゆくあなたへの物語」のためだろうと思う。なぜそう思ったのかについてはぜひ本作を読んで確認してもらいたいのだが、ひとつだけはっきりと言えることがある。

 死を目前に何一つ後悔がない人生を送れる者など、おそらくいない。けれども、心残りをできるだけ少なくしておくことはできるはずだ。不慮の他界は誰にでもありうる以上、なんでもないはずの毎日も実は一日一日が余生なのだ。そう思えば、4人の「旅立つ君」の姿と、それをサポートする夏陽たちの姿を通して、本当に大切にすべきこととは一体なんなのか、物語を追いながらじっくりと考えてみるのは決して無駄ではない。人生の本質を考える機会を与えてくれる良作だ。