「警視庁殺人分析班」や「警視庁文書捜査官」シリーズなど、数々のドラマ化作品で知られる麻見和史が、“対知能犯捜査”に特化した新たな警察小説を上梓した。

 

 コインロッカーから発見された女性の左腕と“鍵”。錠前師ロックスミスを名乗る犯人は、ヒントと共に次のパーツを捜せと指示してくる。女性刑事・城戸葉月を中心とした警視庁捜査一課殺人犯捜査第六係は、姿なき猟奇犯に翻弄されながら都内を奔走する。

 

 謎と推理を極限まで追究した本書の読みどころを、コラムニスト・香山二三郎さんの文庫解説からご紹介します。

 

『骸の鍵』麻見和史  /香山二三郎[評]

 

 麻見和史は日本のジェフリー・ディーヴァーである。

 ジェフリー・ディーヴァーとはもちろんアメリカのベストセラー・ミステリー作家である。その代表作といえば、元ニューヨーク市警中央科学捜査部長リンカーン・ライムと彼の捜査チームの活躍を描いたシリーズだが、麻見の『石の繭 警視庁捜査一課十一係』(講談社ノベルス刊 講談社文庫版では『石の繭 警視庁殺人分析班』に改題)を始めとする「警視庁捜査一課十一係」シリーズ(講談社文庫版では「警視庁殺人分析班」シリーズ)は、まさにリンカーン・ライムものを髣髴ほう ふつさせる捜査小説のシリーズなのである。

 

 そのキモは何かといえば、ズバリ謎と推理だ。モルタルで石像のごとく固められた変死体が発見されるという出だしから始まる『石の繭』は、空港から消えた男女の男だけが生き埋めにされて見つかるというリンカーン・ライムシリーズ第1作『ボーン・コレクター』に負けず劣らず猟奇的な謎を炸裂させていたが、魅力は謎かけだけには止まらない。

 

 リンカーン・ライムは四肢麻痺で身動きすらかなわないが、それをカバーする天才的な頭脳を持っている。そして、その彼を毎度のごとく悩ます知能犯が登場する。「警視庁捜査一課十一係」シリーズにはリンカーン・ライムのような天才肌の名探偵こそ出てこないが、犯人側の方はなかなかどうして悪知恵にたけたやからが登場するのだ。近作でいえば、シリーズ第14作『魔弾の標的 警視庁捜査一課十一係』(文庫版では『魔弾の標的 警視庁殺人分析班』)から登場するGM(ゲームマスター)がそれ。自らは犯罪に加担せず、実行犯にアドバイスする教唆犯だ。まさに犯罪の黒幕たる存在というべきか。

 

 してみると「警視庁捜査一課十一係」シリーズ=「警視庁殺人分析班」シリーズも、早10作を超え、そろそろ対知能犯捜査に特化した新たな捜査小説がほしくなってくるのはファンのさがというものか。

 麻見和史はそうした読者の願いをくみ取ってくれたのか、あの“バットマン”も腰を抜かすような悪役が登場する捜査小説を書いてくれた。それが本書『骸の鍵』である。

 

 物語は出だしから強烈だ。12月の始め、東京メトロ東西線の葛西駅にあるコインロッカーから女性の切断された左腕が発見される。それには「おめでとう! ようやく見つけてくれましたね。しかしゲームはまだまだ続きます」から始まるメッセージも付されていた。サイン名はロックスミス(錠前師)。捜査が始まり、警視庁捜査一課殺人犯捜査第六係の城戸葉月警部補も加わるが、残りのパーツがどこにあるのか、ロックスミスはクイズのようなヒントも残しており、捜査陣を撹乱する。自らも猟奇犯罪のトラウマを抱える葉月だが、所轄の若手刑事・沖田智宏と組んで遊撃班として事件の全体像を推理する筋読みに当たることになるが……。

 

 一方、折口聡子は目覚めると何者かに拉致され、マンションの一室のような部屋に監禁されていた。何故そんな目にあうのかと自問しているところへ「あなたにお願いがあります」という機械音声が響く。声は、自分のことは虚ろ=ウツロと呼んでほしいといい、準備を整えたうえで隣室にいくよう命じる。そこには四肢を切断され、顔を激しく損傷した女の遺体があった。「さあ、エンバーミングを始めてください」とウツロ。聡子は名うての遺体衛生保全士──エンバーマーだった。

 

 以後、物語はロックスミスの捜査劇と折口聡子の虜囚劇とが交互に描かれていくことになるが、それにしても、ロックスミスは遺体を都内の各所にばらまいていったい何を目論んでいるのか。はたまたウツロはウツロで女の遺体を修復してどうしようというのか。いや、そもそもロックスミスとウツロはどういう関係なのか、同一人物なのだろうか。猟奇犯罪者が二人も出てくると謎は倍増どころか、謎が謎を呼び、二乗に増加する。

 

 別人なのか同一人物なのかは物語後半にゆだねるとして、いずれのキャラクターもユニーク極まりないのは間違いないだろう。鍵に取りつかれた男、ロックスミスは葛西の次に体のパーツがある場所のヒントとして「1 その近くには日本で一番高い場所があります。2 その周辺はとても賑やかです。3 しかしその場所は穴の底のようなところです。」と、“バットマン”のなぞなぞ男・リドラーも真っ青の謎めいたクイズを提示。捜査陣の前には文字でしか姿を現さないが、その存在感は強烈だ。

 

 一方のウツロも機械音声でしか出てこないが(途中、血走った眼だけ見せる場面はあるが)、こちらも防腐処置のためのエンバーミングマシンまでそなえた遺体処置室を用意しているなど普通とは思えない人物だ。紳士的で言葉づかいも丁寧だが、ちょっとでも意に沿わないことをいおうものならすぐキレる、いかにも異常な男。ウツロと折口聡子のやり取りは、蝶の採集を趣味にする孤独な男が憧れの女を拉致して監禁するジョン・ファウルズの名作『コレクター』を髣髴する向きもあるかも。監禁サスペンスとしても上々の仕上がりというべきか。

 

 彼らに相対する城戸葉月と沖田智宏の方は逆にオーソドックスなキャラで、葉月は女優にも似た33歳の長身美女。捜査成績も優秀というからちょっととがった女かというとさにあらず、むしろ組織の潤滑油でありたいと願っているような温厚な人物で、沖田を引っ張っていく。その沖田は、葛西署の刑事課強行犯係に所属する巡査で葉月の5歳下。「まだまだ経験不足ですが、〈千里の道も一歩から〉ですし、〈ローマは一日にして成らず〉ですから、とにかく油断せず頑張りたいと思います」てな具合に、言葉のはしばしにことわざを差しはさむ癖があるのは、お祖母ばあちゃん子だったせいだが、その妙に老成したところが聞き込みに役立つこともあったりする。

 こう書いてくると、このタッグ、悪役にくらべて少々頼りなさそうだけれども、なかなかどうして丹念な捜査でクイズを解き明かしていく。

 

 二人の尽力もあって、ロックスミスの捜査は順調に進み、やがて左腕の持ち主の身元が判明、容疑者も浮かび上がってくる。かくして後半はロックスミスの追跡劇がはじまるわけだが、そこから明らかになっていく真相が実はまったくもって驚くべきものなのである。

 ここまで本書の読みどころは悪役の造形にありと書いてきた。その主張を覆すようで恐縮だが、そこから明かされていくロックスミスの策謀とそれに対する葉月の謎解きというのがトンデモないものなのだ。単なるどんでん返しなんかではもちろんない。猟奇犯罪者の犯行の逆手を取った恐るべき試みとだけいっておく。

 

 謎と推理の警察小説を目指すという麻見和史の面目躍如めん もく やく じよたるところであるが、ちょっとハードルを上げ過ぎて、続篇がなかなか出ないのもその辺に理由がありそうな気がしないでもない。

 本書も「警視庁捜査一課十一係」シリーズ=「警視庁殺人分析班」シリーズと同様、ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズに匹敵するシリーズに成長していく可能性は十分にある。城戸葉月と沖田智宏のコンビに再会できる日が待たれる。