地方都市で造船業を営んできた大家である扇谷家。
一族が集まり、家じまいをすることになるが、本家の娘・立夏には気になることがあった。それは認知症になって以来、おばあさまが繰り返す「桜の木の下に死体を埋めた」という台詞。「言葉なき者の声を聞く超能力」を持つ立夏だけは、それが事実だと知っているのだった……。
家じまい×超能力一家×桜の木の下に埋められた死体の謎という前代未聞のノンストップ・ファミリーヒストリー。
「小説推理」2025年7月号に掲載された書評家・大矢博子氏のレビューで『扇谷家の不思議な家じまい』の読みどころをご紹介します。
■『扇谷家の不思議な家じまい』実石沙枝子 /大矢博子 [評]
一族の女性にだけ遺伝する超能力! 濃密かつ軽やかな、4代にわたるファミリー・ヒストリー。
扇谷家の中心だった時子が老齢で施設に入って以降空き家になっていた邸宅の家じまいのため、親族が集まった。ところがそこで時子の予言帳が見つかる。それによると時子は今年の11月に死ぬらしい。
相続しても持て余す大きな屋敷は、市に寄付すれば文化財として保存してくれるらしい。だが枯れた桜を伐採するのが条件だ──そんな大人たちの話し合いを聞いた大学生の立夏は、内心穏やかではない。だって桜の下には、曽祖母の時子がかつて殺した人物の死体が埋まっているのだから。
いやいやいや、ちょっと待って。ここまででもだいぶおかしいぞ? 予言? 桜の木の下の死体?
実はこの一族、女性だけが何らかの超能力を持って生まれるのである。時子は未来予知、千里眼の者もいる。そして立夏は桜の木に宿る霊と会話ができる。だから桜を切ると聞いて焦ったのだ。
死体を巡るミステリ的興味ももちろんあるが、物語はここから戦前から現在に至るまでの時制を行き来して、扇谷家のファミリー・ヒストリーが語られるのである。いやあ、これが滅法面白い!
超能力の秘密を守るため結婚相手は複数の近しい一族だけと決められている。その宿命に従う者がいる一方で抗う者もいる。飛び出る者もいる。超能力というから構えてしまうが、ここにあるのは「それぞれが悩みを抱えた、普通の家族の日々」だ。親子で言い争ったり、年下のいとこの面倒をみたり。それがすごく、いい。世代ごとに変わる価値観が、時代の流れを映し出す。笑ったのは千里眼で息子の妻の出産を覗く姑! 何だその超能力の使い方は。
何かを持って、あるいは何かを背負わされて、私たちは生まれる。遺伝する超能力はそのメタファーだ。そのこと自体に幸不幸はなく、それとともにどう生きるかこそが大事なのだと伝わってくる。
濃密な家族史なのに読み心地は実に軽やかだ。個々の物語をもっと知りたいので、スピンオフをぜひ!