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 羽田特殊救難基地から海老えび取川とりがわを挟んで西側にある東糀ひがしこうじに、中沢行きつけの韓国料理屋があった。少し残業して二十時頃に店に行く。すでに中沢と尾上が出来上がっていた。

「おっせーよ、舷太。今日の主役だろ」

 中沢に肘でつつかれた。舷太は尾上に頭を下げる。

「尾上さんまで来ていただいて、すみません」

「史奈ちゃんに振られたんだって?」

「振られてませんよ。なにがどうなってそんな話になるんですか」

「今日は飲んだくれようぜ」

 舷太の話を真面目に聞く様子もなく、二人は春先に第三隊の懇親会として行われた花見バーベキュー大会の話を始める。羽田空港を離発着する飛行機がよく見える城南島海浜公園で、隊員たちの家族や恋人も含め、総勢五十五人が集まった。舷太も史奈を連れていった。酔っぱらった尾上は「早く結婚しろ」とうるさかった。

 舷太はやってきた店員にウーロン茶を頼む。

「お前、諸先輩方が相談にのってやるというのに、ウーロン茶とはなんだ」

 中沢が絡んでくる。

「腹減ってるんで、なんか食わせてください」

「食え食え。石焼ビビンバ大盛り。若いもんは食うのが仕事だからな」

 尾上が店員呼び出しボタンを連打して壊した。中沢に韓国風海苔巻きのキンパを勧められたが、舷太はチヂミを食べた。アツアツの石焼ビビンバは、口に入れたとき生臭く感じた。刻み海苔のにおいだ。コチュジャンに負けていなくて驚く。

 尾上が、刻み海苔と見つめ合う舷太をじっと見つめていた。本題に触れる。

「で、史奈ちゃんとはどうして破局したんだ」

「だから破局してませんし、恋愛相談じゃないです」

「なんだよ、つまんねー。仕事の相談か」

 皿に残っていた枝豆をくわえた中沢だが、すぐにペッと吐き出した。尾上が食べた残りかすだった。

「僕はこの五月で現場配属になって半年になりました。それなのに、いまだに実際の救難経験がないんです」

 尾上は頬杖をつき、充血した目で舷太を観察している。中沢が身を乗り出した。

「あれ、お前、出動したことあっただろ」

「ないです。新潟のイカ釣り漁船の件は途中待機でしたし」

 尾上が中沢の肘をつついて遮った。

「成績優秀で特殊救難隊に入ったのに、出動がないとは宝の持ち腐れだな」

 中沢は思い出したように手を叩いた。

「そうだ。お前、確か全国の潜水士競技会でもぶっちぎりだったんだろ」

「新人研修もぶっちぎりじゃなかったっけ。百キロ行軍の記録は?」

 山梨県大月市から羽田特殊救難基地までの百キロを踏破するレンジャー訓練だ。途中、消防署や警察署でトイレを借りると運よく差し入れにありつけるが、殆どの隊員は持参した飲料のみで百キロを歩き切る。

「自分は十二時間五分でゴールしました」

 尾上と中沢はひっくり返った。

「すっげー。俺なんか肉離れで府中市で立ち往生だよ。泣いたね、あの日は。ゴールまで二十時間かかった」

「俺は高尾山でイノシシと出くわしちゃってさ。徒手空拳で倒すのに時間食って、記録は二十一時間」

 尾上の話は嘘か本当か怪しい。

「十二時間ってお前、百キロ走りっぱなしだったんじゃないの」

「そうですね。基本、走ってました」

「どんな体力してんだ。息こらえの記録は」

「三分五秒です」

 潜水士は二分半できればよしとされる。懸垂は、腕立て伏せは、ドルフィンは、と次々と記録を尋ねられる。舷太は半数以上の競技で特殊救難隊の記録を塗り替えた。入隊後の歓迎会では「大型新人、現る」と大袈裟に言われて少し恥ずかしかった。

 中沢が突如、腹を抱えて笑い出した。

「なんだよ、中沢。ひとりで笑って」

 尾上が中沢の肩を叩いた。

「いや、新人隊教育担当の佐藤さん、いるじゃないっすか」

 ひよっこたちは佐藤軍曹と呼んで恐れている、特殊救難隊八年目の大ベテランの三十六歳だ。舷太も新人研修で佐藤にしごかれた。

「あの人、素人童貞らしくって」

 舷太はウーロン茶を噴いてしまった。

「そんな個人情報を、いいんですか」

「あいつの素人童貞は本人がネタにしてんだ」

 尾上もげらげら笑った。

「飲みに行くと風俗の話しかしないだろ。蒲田の風俗店は全制覇したとか自慢してたし」

「城南島の花見のときも、キャバクラの子を同伴で連れてこようとするもんだから、基地長が雷落としたって話ですよ。お前それでも国家公務員か、って」

 尾上も中沢も声を裏返して笑った。

「佐藤さん、何度か合コンセッティングしたんですけど、しつこいのと説教臭いのでモテないんですよ」

「彼女もいたことないんだろ。プロ以外とは経験がないんだ」

「初詣のとき、今年こそ素人童貞卒業するぞってこっそり絵馬に書いてましたしね」

 二人の先輩は涙を流して笑っていた。尾上が突然、真顔になる。

「で、舷太の話とどう結びつくんだ」

「舷太だって技術も体力も玄人なみなのに訓練しか経験していない。素人童貞みたいなもんじゃないっすか」

 

 舷太はシロウト・トッキューというあだ名をつけられてしまった。

 翌朝、出勤早々に基地長室に呼び出された。せき武明たけあき羽田特殊救難基地長は四十七歳、舷太はベレー帽を渡される戴帽式で会話をした以来だ。お花見バーベキュー大会のとき関田は走り回る小さな息子たちを追いかけまわしていて、声をかける暇がなかった。

 緊張して名乗り、基地長室に入る。なぜか応接ソファに尾上隊長と和田副隊長が座っていた。

「ま、座んな」

 尾上に言われたが、基地長が座るまでは立って待つ。

「君は評判通り、優秀なのに礼儀正しくて謙虚だねぇ」

 関田の言葉に舷太は恐縮した。

「あまり時間もないことだから」

 関田が和田に執務室の扉を閉めさせた。

「そんな優秀な君を見越して、ひとつ、頼まれてほしい。極秘任務だ」

 舷太は背筋を伸ばした。

「ついさっき、外務省から依頼が来た。笠原村がさわらむら父島ちちじま沖東方二百キロの太平洋上にいる米国の原子力潜水艦内で、急病人が出たそうだ。大至急、米軍黄島おうとう基地内の病院へ移送してほしい」

 尾上がやたらウィンクしてくる。どうやら、本番経験が欲しい舷太のために、推薦してくれたようだ。

 

 救急救命士の資格を持つ和田副隊長と、羽田航空基地から大型ジェット機ガルフV型に乗り込んだ。伊豆半島や大島がはるか彼方に見えなくなるころ、八丈島が見え始めた。やがてそれも通り過ぎると小笠原諸島上空に入る。硫黄島も見えてきた。現在は国が管理し住民はいない。自衛隊と米軍が共同で滑走路を使用しており、常時、訓練のために百人以上は島にいるそうだ。海上保安庁もここでヘリや航空機の補給を行う。

 硫黄島の滑走路に着陸し、待機していた中型ヘリ、スーパーピューマ225型に乗り換える。

 米海軍は海上保安庁よりはるかに装備が充実しているだろうに、なぜ原子力潜水艦からの急病人搬送が自力でできないのか、舷太は不思議に思っていた。だがガルフ機内でも和田は基地長や海上保安庁本庁、外務省とのやり取りに忙しくしている。スーパーピューマに搭乗してからはイヤーマフをつけマイク越しにしかしゃべることができない。会話はヘリ機長や副機長にも聞こえるので、無駄話ができなかった。

 南東へ向けてヘリが飛び立つが硫黄島はあっという間に小さくなり、大海原に出た。雲一つない晴天のせいか、空の水色は濃く、海面は穏やかで白波ひとつ立っていない。どこを見ても青しかない世界を、自分たち人工物がかき乱してしまっているように感じる。純度の高い景色が続いた。

 やがて海面にぽつりと白い船が見えてきた。しようかい中の巡視船あきつしま、海上保安庁最大級の巡視船だ。ヘリはその甲板に着船した。

 舷太は無口な和田についていくのが精いっぱいだ。通常なら船内にある運用司令センターで乗組員と情報共有をするが、今回は極秘の任務ということで、和田も舷太も船長室に出迎えられた。

「いま外務省を通して米原子力潜水艦とコンタクトを取っているんだが、まだ海底にいるようだ。浮上目標地点の座標はこれ。ひときゆう三〇さんまるごろ浮上予定ということだ」

「日没を過ぎますよ。あと七時間もあります」

 和田が目を見開いた。舷太も思わず意見する。

「本当に急病人なんでしょうか」

 殆ど情報が入っていないようで、船長も肩をすくめるばかりだった。

 目標地点まで巡視船あきつしまの現在地から百五十キロメートル離れている。ヘリなら一時間かからない距離だ。

 十八時半、再びスーパーピューマに乗り込み、出発した。まだ太陽が半分だけ水平線から出ている。計器を頼りに大海原をひたすら突き進む。時速二百キロ以上出ているはずだが、景色が全く変わらないので、のんびり飛んでいるように思える。日が完全に落ちても水平線のオレンジ色でほのかに視界がある。目標座標が近づくにつれて、空の色が濃くなっていく。空を映す大海原も暗くなっていった。風がなく白波が殆ど立っていないこともあり、黒さに拍車がかかる。ブラックホールが一面に広がっているかのようで、恐怖がじわじわと迫ってくる。

「目標海域に到達した」

 周辺を旋回し、海面をヘリに装備された照明でカッと照らして原子力潜水艦の浮上を待つ。浮上し始めたら気泡や白波が立つだろうから、舷太は窓辺に双眼鏡を当てて海面を注視する。黒、しかない。機長が言う。

ひときゆうひとに潜水艦が浮上を開始したと連絡が入ったそうだ」

「浮上まで何分かかりますか」

「水深何メートル地点にいたのかわかるような情報は秘匿だそうだ」

 和田はため息ひとつで済ませ、吊り上げ装置を管理するホイストマンと準備を整えている。舷太はヘリの扉を開けて身を乗り出し、双眼鏡で海面を観察する。風が入り込んできた。プロペラやエンジン音、風が暴れる音で、会話もままならない。

 ヘリ副機長が声を上げた。

「二時の方向。白波が立っています」

 漆黒の海に白い筋が幾重にも広がり始めていた。

「あれだな。行こう」

 ヘリの速力をあげるため、舷太はいったん扉を閉めた。ヘリは首をもたげるような前のめりの勢いで突き進む。

「見つかったか」

 あきつしま船長から通信が入った。

「はい。あと十秒で到着できます」

 機長が高度を下げる指示を出し、副機長が復唱する。体にGがかかり胃が浮く。舷太は唾を何度も飲み込んだ。和田が扉を再び開け放つ。

 潜水艦が海面へ姿を現わしていた。鯨の背中のような曲線の船体の上を、グレーの迷彩服に長靴を履いた一人の男が慣れた様子で立ち、ヘリに手を振っている。救命胴衣を着用しているが、頭部にヘルメットをかぶるでもなく、ヘリのダウンウォッシュで乱れる金髪が暗闇に光って見えた。

 和田が場所の指示を細かく出す。

「左1。前2」

 ヘリは左へ一メートル移動したあと、二メートル前進する。

「はいOK。この位置キープ」

「この位置キープ」

 ホイストマンと機長、副機長が復唱し合う。ホイストマンは舷太に向けてゴーサインを出した。舷太は降下ポイントを見下ろし、指さし確認する。

「降下地点よし、降下ロープよし」

 カラビナとロープをつなぐ。

「結着する。ロックよし、ピンよし。カラビナ安全環よし。ロープ詰める。ソフトロックよし。振り出し準備よし」

 ホイストマンが「振り出せ」の合図を出した。ヘリの足、スキッドに舷太は足をつく。

「振り出す。ロックよし、ピンよし、カラビナ安全環よし」

 もう一度装備を確認後、ホイストマンが親指を立てた。

「降下準備よし!」

 舷太はスキッドを蹴り、いっきに降下した。宙を切り五秒で米原子力潜水艦に着地した。すぐさまスライダーを外し、ロープから離れる。ヘリはダウンウォッシュの風を浴びせないよう、いったん上空を離脱する。金髪の米軍人はしゃがんでハッチ脇の固定梯子をつかみ、ダウンウォッシュの風に耐えていた。

「急病人はどこにいますか」

 舷太は英語で尋ねた。潜水艦の緊急脱出口は閉まっていた。ハッチを開けてくれるように米兵に頼んだが、男は金髪を整えながら立ち上がる。

「僕が患者です」

 舷太は目を凝らした。ヘリが離れたので、ヘルメットに着けたライトだけが頼りだった。身長が舷太と同じ百八十センチくらいの米兵は、背筋がしゃきっと伸び、血色もよい。

「どこか痛みますか」

「おなかが痛いです」

 米兵は堂々と言い放った。救急救命士の和田が診る方が早いだろう。とにかくヘリにようしゆうしようと、エバックハーネスを出す。米兵はエバックハーネスの二つの穴に腕を入れ、尻から上をすっぽりと覆われた。

 舷太は無線機でヘリを呼び戻す。海水を吸った降下ロープを手繰りよせ、エバックハーネスと結着。自身のスライダーもロープに通したとき、米兵が小型のアタッシェケースを救命胴衣の下に隠し持っていることに気が付いた。

「危険ですから、なにも持たないでください」

 カラビナを外し、荷物を艦内に置いてくるように英語で頼んだ。

「僕はなにも持っていません」

「救命胴衣の下にアタッシェケースを持っていますよね」

「持っていません」

 舷太は彼の懐に手を伸ばした。

「ノー!」

 米兵はぴしゃりと舷太の手をはたき、途端に背中を丸めて苦しみだした。

「早く医者に。おなかが破裂しそうだ」

 舷太は無線で和田に、アタッシェケースを離さないということを伝えた。和田にも米兵が大袈裟に痛がる声が聞こえたようだ。

「面倒くさいやつだな。そのまま揚収しちまおう」

 ホイスト装置で二人一緒に、ヘリ内に巻き上げられた。アタッシェケースを持っているので、安全のため、通常よりも巻き上げ速度を遅くしている。米兵はさっきまで痛がっていたのに、巻き上げが開始された途端に平常に戻った。ヘリ揚収後、米兵は自らストレッチャーへ横になりに行く。

「おなかが痛いそうです。五秒くらいしか痛がっていませんが」

 舷太は和田に伝えた。

「まあ、腹痛は波があるが」

 米兵は素知らぬふりで目を閉じている。

「お名前は言えますか」

「ピーター・パーカー」

「ハリウッド映画の主人公と同じ名前ですね」

 和田は呆れ果てた様子だ。アタッシェケースはいつのまにか“スパイダーマン”の太ももの後ろに隠れていた。

 

 自称ピーター・パーカーをヘリに揚収した後、巡視船あきつしまで燃料を補給した。再び飛び立って硫黄島に戻った。

 ヘリ駐機場には米海軍の看護師と医師、衛生兵が仰々しくストレッチャーを押して待機していた。自称ピーター・パーカーは歩いてストレッチャーに近づいてひょいと乗った。気が付けば件のアタッシェケースは衛生兵の手に渡っていた。自称ピーター・パーカーはストレッチャーに横になると笑顔で和田や舷太に親指を立てた。あまりに屈託ないのでつい微笑み返してしまったが、羽田特殊救難基地に帰投してからだんだん腹が立ってきた。

 片付けもそこそこに、報告のために基地長室に入った。

「ごくろうさま。さっき米原子力潜水艦の艦長から外務省に直接お礼の電話があったそうだよ」

 関田基地長自ら、コーヒーを淹れて出迎えた。和田がぼやく。

「もう八年トッキューやってますけど、こんな不可解な事案は初めてですよ」

 関田は肩を揺らし、声のトーンを落とす。

「君たちが米兵を降ろしたころ、三沢基地のF-35が硫黄島滑走路に緊急着陸しているんだ。十分後の〇一一〇まるひとひとまるには本国に向けて飛び去った」

「僕らが米兵を引き渡したのが〇一〇〇まるひとまるまるです」

「たったの十分で乗り換えて本国に飛んでったか。よほど急ぎで届けねばならないブツがあったんだろう」

 舷太はおずおずと手を挙げた。

「あの、報告書はありのまま書いてよろしいですか」

「もちろんだよ。市民から開示請求があったところで、海苔弁当になるだろうけどね」

 黒塗りされるという比喩がすぐにはわからず、舷太は白米に覆いかぶさる海苔を思い出した。気分が悪くなる。

 

 救命具を特殊救難隊のワゴン車からおろし、資機材庫に片付けていく。和田の口数が珍しく多かった。

「あのアタッシェケース、重量オーバーだからとヘリから海にぶん投げればよかった」

「僕もそれを思いましたが、外交問題に発展しそうだったのでこらえました」

「これからマーベルを見るたびに思い出しそうだ。うちの息子が大好きで自宅に山ほどグッズがあるんだ」

 もう一台のトラックがやって来て、資機材庫の前で止まった。中沢や尾上隊長が続々と降りてきて、海水を吸った降下ロープやストレッチャーを出し、洗い始めた。

「出動がかかっていたんですか」

 舷太は驚いて中沢に尋ねた。

「うん。さん瀬戸せと東航路でコンテナ船が荷崩れを起こした。コンテナの下敷きになった乗組員を救出しに行ってたんだ」

 乗組員は出血多量と内臓損傷で意識不明の重体だったが、特殊救難隊と岡山消防の連携で一命は取り留めたそうだ。

 中沢は血に染まった止血帯や、使用済みの経鼻管などの医療汚染物を専用の袋に廃棄している。要救助者は大変なけがを負っていたに違いない。

 舷太の脳裏に、自称ピーター・パーカーの厚顔無恥な笑顔が浮かぶ。

 別のトラックが羽田航空基地からやってきて、資機材庫の横につけた。疲れた様子の第二隊の隊員たちが荷台の機材を下ろす。同期の松下の姿もあった。彼は目がぎらつき、深刻そうな表情をしていた。

「まっつん、出動していたんだね」

 舷太は声をかけた。

「すさまじかったよ、死ぬかと思った」

 松下は機材を下ろしながら簡潔に事案を話した。

「荷崩れを起こしたコンテナ船での傷病者救助に追加招集されたんだけど、重傷者を吊り上げている間、俺と隊長は船長から事情を聞きながら他にけが人がいないか確認していた。突然コンテナ船が大きく傾いて、コンテナが次々落下し止まらなくなった」

 事故を起こしたコンテナ船は全長が三百メートルあり、二万個のコンテナを積載していた。ひとつ三千キロ近い重さがあるコンテナが次々と海面に落下すれば、船はあっという間にバランスを崩し、転覆する。

「急ぎ、残っていた乗組員八名を全員吊り上げ救助することになった。俺と隊長がヘリに戻るころには沈没してしまい、浮いたコンテナが方々で衝突する海面に俺たちは取り残された」

 コンテナをけん引した大型トラックがあちこちで玉突き事故を繰り返す路上で、生身の人間がぽつりと取り残されているようなものだ。

「漂流するコンテナの間を泳ぐのは勘弁だよ。中の空気が抜ければいずれ沈むとはいえ、いつ挟まれて潰されるかと生きた心地がしなかった」

 だが無事生還した同期は、目がぎらつき、たくましく見えた。新人隊のときは落第しかけていた松下を舷太は何度も励ましてきた。彼はヘリからの降下が苦手で足がすくんでスキッドを蹴ることができなかった。高所から身ひとつで飛び降りることの恐怖を克服するため、訓練施設の三階からロープで降下する特訓に舷太は休日も付き合った。同期の誰よりも仲良くなり、「まっつん」「舷ちゃん」と呼び合うようになった。

 松下は現場の経験を積み、背中に自信が満ち溢れていた。

 

 

(つづく)