季節外れの雪が降った四月の早朝。側溝で倒れている幼い女の子が発見された。その少女の肌は雪よりも白く、人形と見間違うほどに生気がなかった。
雪に残されたのは、少女ひとりの足跡──向かう先は小さなマンション。少女の正体は不明で、住人たちは何かを隠している。家族の愛と憎しみがもたらす、不協和音サスペンス!
「小説推理」2025年7月号に掲載された書評家・細谷正充氏のレビューで『天使の名を誰も知らない』の読みどころをご紹介します。
■『天使の名を誰も知らない』美輪和音 /細谷正充 [評]
マンションに渦巻く謎と闇。恐怖せよ、戦慄せよ。これが美輪和音の暗黒ミステリーだ。
人間のダークサイドを見つめる美輪和音の作品ということで、本を開く前から覚悟はしていた。それでも読んでいる最中に、何度も目を背けたくなった。この物語は、本当に容赦がない、まさに、暗黒のミステリーなのである。
4階建てで部屋数7戸のマンション「プチシャトー市毛」の前にある坂道の側溝で、5~6歳くらいの女の子が発見された。意識不明の重体だ。雪の上に残された靴跡から、女の子はマンションから坂道に出たらしい。しかしマンションには、該当する人物がいなかった。女の子はいったい、何者なのだろう。
本書は、マンションの住人の視点を、次々と切り替えながら進行する。ある一家が小学5年生の娘を虐待しているなど、住人たちの問題が、どんどん露わになっていく。また、フリーライターだという山田百合花が、住人たちに取材を重ねる。やがてマンション・オーナーの娘一家が、大きな秘密を抱えていることが明らかになっていくのだった。
物語の美点は、巧みなストーリー展開だろう。側溝で倒れていた女の子の正体で、読者の興味を強く惹きながら、登場する大人と子供たちのキャラクターと、置かれた状況を掘り下げていく。そして中盤で女の子の正体が判明すると、一気にサスペンスが盛り上がる。
ページを捲る手が、もどかしく思えるほどの面白さだ。さらに、新たな殺人も起こり事態が錯綜。その果てに浮かび上がる、諸悪の根源ともいうべき人物の、邪悪な肖像に戦慄した。
しかも同時に、山田の正体と目的も判明。山田が、いつもメロンパンを一リットル紙パックのコーヒー牛乳で流し込むというユーモラスなシーンにも、深い意味があって感心した。彼女の抱える事情が、この事件と重なり合うことで、テーマを際立たせる構成も見事だ。内容は重いが、ラストには希望があるので、臆さず読んでほしい。今年のミステリーの収穫といいたくなる、優れた作品なのだから。