平和な田舎町の秋祭りで何者かがおしるこに農薬を混入。4人の死者を出した「毒おしるこ」事件の犯人は町の住民108人の中にいる──仲良しだった住民たちは互いを疑い、少しでも怪しい動きをする人間を犯人にしたてあげようとする。事件の犯人は誰なのか、動機は何なのか。家族を失った高校生の仁美たちは真相を暴こうと奔走するが……。「毒」のあるミステリーを発表してきた美輪和音氏によるダーク・ミステリーが刊行された。
「小説推理」2023年4月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『私たちはどこで間違えてしまったんだろう』の読みどころを紹介する。
■『私たちはどこで間違えてしまったんだろう』美輪和音 /細谷正充[評]
秋祭りの広場で起きた、無差別毒殺事件。平和な村は疑心暗鬼に陥り、騒動が相次ぐ。美輪和音のダーク・ミステリーが、人の心の暗い部分を炙り出す。
美輪和音は、デビュー作を表題にした短篇集『強欲な羊』から、常に人の心のドロドロとした部分を抉り出す、強烈な物語を書き続けている。本書もそのような作品だ。凄惨な事件の起きた町を舞台にしたストーリーは、実に息苦しい。だが、事件の謎と、濃密な人間ドラマに興味を惹かれ、ページを繰る手が止まらないのである。
東京から3時間以上かかる夜鬼町は、辺鄙な片田舎である。人口は少ないが、町民たちは家族のように仲がいい。だが秋祭りの広場で起きた事件によって、すべてが変わる。配られたお汁粉に、農薬が混入されていたのだ。これにより、主人公の真壁仁美の母親が死んだ。仁美には、岸田修一郎と景浦涼音という幼馴染がいる。その修一郎の妹と、涼音の弟妹も死んでしまった。無差別殺人か、被害者の誰かを狙ったのか。とんでもない事件に町は揺れ、人々は疑心暗鬼に陥る。
修一郎に引っ張られて仁美は、犯人を見つけようと、町民たちに話を聞いて回る。4年前に起き、死人まで出た少女誘拐事件は、今回の件に関係があるのか。犯人像は二転三転し、町ではさらに騒動が続くのだった。
本書のプロローグで、監獄実験に触れられている。看守役と囚人役を学生に演じさせることで、人がどうなるかを検証した心理実験だ。これがあるからだろうが、本書のテーマは“囚われる”ことだと感じられる。なぜなら町民たちは、物理的にも精神的にも囚われているからだ。
まず物理の面に注目しよう。すばり、夜鬼町のことである。誰が犯人か分からず、町民たちの不安は募る。そして、ちょっとでも怪しい人がいれば犯人と決めつけるのだ。疑いが晴れれば、また別の人を犯人と思い込む。夜鬼町で生きるしかない人々にとって、町そのものが監獄になってしまっているのである。
一方で人々は、精神的にも囚われている。しかたがないとはいえ視野狭窄となった人々の言動は、どんどんエスカレートしていく。中盤で意外な事実が明らかになるが、それさえも呑み込んで騒動は収まらない。人々の心が、暗い部分に囚われているからなのだ。
その渦中で仁美は、何を思うのか。異様な迫力に満ちた終盤の謎解き場面を経て、明らかになった事件の真相に驚かされた。それと一緒に、示された希望に救われた。誰でも何かに囚われることがある。でも、解放される道も必ずある。本を閉じて、そんなことを考えた。