優しい人も状況や役割によって悪魔化する──心理学実験「監獄実験」をテーマのひとつにしたミステリー『私たちはどこで間違えてしまったんだろう』が刊行された。「毒おしるこ」事件から始まる本作の創作秘話や読みどころを著者の美輪和音氏に伺った。

 

■「毒おしるこ」事件後、同調圧力によって暴走する隣人は物語の中だけの話ではない。想像もしなかったことが起きる世界で「監獄」をどう生き抜くか?

 

──物語は、小さな町で起こった毒殺事件から始まります。犯人は町に住む108人に絞られ、住民たちが犯人らしき人物を見つけ出し、皆で責めるシーンが印象的です。「善人も状況の力によって悪魔となる」ことが、ストーリーの展開とともに明らかになっていき、それは「監獄実験」(*)で証明されているという指摘も作中にありました。これを題材にしようとしたきっかけは何でしょうか?

 

*スタンフォード監獄実験
1971年にアメリカのスタンフォード大学心理学部で行われた実験。監獄を模した施設で被験者を囚人と看守の役割にランダムに分け、その行動を観察した。時間が経つにつれて、看守役は囚人役に対して非人間的な扱いをするようになり、囚人役は無気力・抑うつ的な状態に陥った。実験の考案者フィリップ・ジンバルドーは人間の行動はその人の気質によってではなく、置かれた状況によって決まると結論づけた。

 

美輪和音(以下=美輪):だいぶ前になりますが、スタンフォード大学の心理実験をもとにつくられた映画『es』を観て衝撃を受け、いつか監獄実験を題材に書きたいと思っていました。映画では被験者が全員男性だから、女性だけの監獄実験を書いたら、さらに嫌な話になるのではないかとアイディアをあたためていたんです。そんなときに「COLORFUL」で連載の依頼を受けたのですが、もっと身近に感じてもらえて登場人物があまり多くないほうがいいだろうと、疑似監獄に閉じ込めるのではなく、主人公の仁美たちが慣れ親しんだ町を監獄のように感じるほど追い詰められていく物語にしました。結果的に、当初考えていたよりも登場人物が多くなってしまいましたが、嫌な話の先にあるものを感じていただけたら幸いです。

 

──秋祭りで「毒おしるこ」を食べた人が倒れていくシーンは過去に起きた実際の事件を彷彿とさせますが、普段からニュースを見ていて着想を得ることはありますか? 実際の事件をモデルに書く際に気をつけていることがあればあわせて教えてください。

 

美輪:ニュース等から着想を得ることは多いです。前作『ウェンディのあやまち』も子供の置き去り餓死事件をモチーフにしています。石井光太さんのルポルタージュ『鬼畜の家 わが子を殺す親たち』(新潮社)を読んで、どうして被害者を助けることができなかったのかという思いが強く残り、なにかに突き動かされるようにして書きました。

 今も書きたいと思い調べている事件がありますが、実在の事件には必ず被害に遭われた方と加害者、そしてそのご家族、場合によってはご遺族の存在があり、書かせていただくには、細心の注意を払っても足りないくらい繊細な問題を孕んでいると考えています。

 

──舞台となる夜鬼町の住民たちは、事件の犯人や責めるべき対象を見つけては一緒になって叩く……ということをしてしまいます。同調圧力が暴走する姿を恐ろしく感じますが、渦中にいると気づけないものなのかと考えさせられる内容です。美輪さんご自身が同調圧力を感じる瞬間や経験はありますか。

 

美輪:ここ数年でより感じる機会が増えましたよね。自粛警察、マスク警察、帰省警察、感染者叩き等々……コロナ禍では不安や恐怖が同調圧力を生み、強めていく。

 夜鬼町の住民たちも平常時なら仲良くやっていたご近所さんをここまで叩いたりしない。同調圧力の暴走に気付けないのは、不安と恐怖に呑み込まれてしまっているからです。

 

──デビュー作を含む短編集『強欲な羊』から、人間が孕んでいる「毒」を書かれてきました。今回も人間心理の暗い部分や「毒」そのものも登場します。しかし、主人公の仁美たちは事件を解決しようと幼馴染みと一緒に協力して奔走したり、10代ならではの淡い恋愛の描写があったりと、純粋でまっすぐな青春の要素も含まれています。これらの対比が印象的でしたが、意識されていたのでしょうか?

 

美輪:意識して書いていたわけではないのですが、対比が印象的というご感想、すごく嬉しいです。今の中高生の方々は修学旅行にも行けず、部活動も制限され、コロナに青春を奪われて本当に気の毒だと思っていて、作中でコロナは描いていないんですけど、少し前の終わりが見えない感じは、人生の大切な時期を過酷な環境で過ごさざるを得なかった仁美や涼音、修一郎とどこかで重ねて書いていたような気がします。

 仁美たちが苦しんでもがき、揺れながらも、まっすぐであり続けてくれたことが私自身も嬉しくて、中高生の皆さんにも、彼らと毒との対比を感じてもらえたらと思います。青春×毒が苦さだけでないことを願わずにはいられません。

 

──美輪さんは小説家デビュー前には別名義でドラマや映画の脚本を手がけられていました。息つく暇のないスリリングな展開が読みどころでもある今作は、脚本での経験が生かされているところがありますか。

 

美輪:連続ドラマのシナリオを書いていたときは、CMまたぎでチャンネルを変えられてなるものかと、突入する前に必ず「この後、どうなる!?」と視聴者の興味を引っ張る要素を入れていました。今回の連載でも、続きを読みたいと思っていただけるよう、各話の終わりにはなにかしら気になる展開を入れ込む努力をしていたので、書きながらなんだか懐かしい! と感じていましたね。

 

──作家さんによっては、ミステリーやホラーを書いていると言うと周りから怖いイメージを持たれることもあると聞きますが、美輪さんはどうですか? 「素顔」とあわせて教えて下さい!

 

美輪:怖い人って思われてるんですか!? 私の知る限り、ミステリーやホラーを書かれている作家さんがた、とても優しい印象ですが……。

「素顔」も怖くはないと思いますけど、どうやって人を嫌な目に遭わせるか、四六時中考えているので、その時点でかなりヤバい人ですよね。

 しかも、ペットの蛇を溺愛しているので、相当ヤバい人だと思われているかもしれない(笑)

 

──読者にむけて、読みどころや楽しんで欲しい場面を教えてください。 

 

美輪:実際に起きるはずがないと思っていたことが次々に起きてしまっている現在、仁美たちがしたような体験も決して物語の中だけの話ではなく、現実に起こり得ることだと思います。

 同調圧力や群集心理の怖さが読みどころではありますが、渦中に立たされたとき、ご自身なら看守にも囚人にもならずに監獄を生き抜くためにどうされるか、まっすぐな仁美たちと一緒に考えながら読んでいただけたら嬉しいです。

 

【あらすじ】
平和な田舎町で仲の良い家族や友達、近所のひとに囲まれて、高校生の仁美は普通の生活を送っていた。しかし毎年恒例の秋祭りの日をきっかけにすべてが変わってしまう。何者かが祭りで振る舞われた「おしるこ」に農薬を混入させた。4名の死者が出てしまい、そのなかには仁美や幼馴染みの修一郎、涼音の家族も含まれていた。犯人は町の住民に絞られ、皆互いを疑い始めるが……。

 

美輪和音(みわ・かずね)プロフィール
東京都生まれ。青山学院大学卒。2010年「強欲な羊」で第7回ミステリーズ!新人賞を受賞し、小説家デビュー。他の著書に『ゴーストフォビア』『ウェンディのあやまち』など。