本書の主人公・氏家京太郎は警視庁科学捜査研究所、通称〈科捜研〉の出身だ。退職後に設立した〈氏家鑑定センター〉は、古巣の警視庁から睨まれているものの、かつての優秀な部下や他の鑑定のプロたちが集まって民間ながら高い信頼を集めていた。

 

 そんな「鑑定人 氏家京太郎」シリーズの第2弾となる本作は、ゴミに埋もれた一室で発見された男の殴殺死体から始まる。容疑者として逮捕されたのは、なんと氏家の親友だった。身に覚えのない殺人容疑で逮捕された親友の力になるべく鑑定人・氏家京太郎は奔走するが──。

 

「小説推理」2025年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『氏家京太郎、奔る』の読みどころをご紹介します。

 

 

■『氏家京太郎、奔る』中山七里  /細谷正充 [評]

 

 民間の科学捜査鑑定所の所長・氏家京太郎は、殺人容疑で逮捕された親友の無罪を証明できるのか。中山七里の「鑑定人」シリーズ、待望の第二弾だ。

 

 民間の科学捜査鑑定所〈氏家鑑定センター〉の所長・氏家京太郎が活躍する「鑑定人」シリーズの第二弾が刊行された。今回、氏家が扱うのは、ゴミ屋敷と化したアパートの一室で、天才ゲームクリエイターの九十九孝輔が殺された事件だ。ゲーム会社〈レッドノーズ〉を辞めてから、引き籠り生活をしていた九十九。発見されたときは、ほとんど白骨化していたが、死体には撲殺された形跡があった。

 

 被害者の部屋にあったティッシュペーパーに付着した体液を、科学捜査研究所(科捜研)が分析したところ、九十九の元同僚の御笠徹二のDNAと一致。御笠は殺人容疑で逮捕された。御笠を親友だという氏家は、彼の力になるべく奔走する。

 

 本書の最初の衝撃は、氏家に親友がいたという事実だ。思考がクレバー過ぎて、他人とぶつかることが多い。古巣の科捜研では、過去の因縁と、所員の引き抜きによって、蛇蝎のごとく嫌われている。氏家京太郎とは、なかなか付き合うのが難しい人間なのである。それが親友と呼ぶ相手がいたとは、ビックリ仰天だ。

 

 しかし氏家と御笠の高校時代のエピソードを読んで、大いに納得した。もともとクレバーな性格の氏家だが、このエピソードにより、彼の人格形成の一端を知ることができたのである。その時、氏家と共に御笠が、ある悲劇に立ち向かっていたのだ。氏家が御笠を親友という理由は、ここにある。シリーズ第二弾にして作者は、主人公のキャラクターを一段深く掘り下げ、人間的な魅力を強めたのだ。

 

 一方の事件だが、肝心の証拠物件であるティッシュペーパーを、なかなか調べることができない。さらに、ようやく入手できたと思ったら、科捜研の嫌がらせにより、体液の付いた部分がなかった。苦しい状況で裁判が進み、本のページ数はどんどん減っていく。いったいどうなってしまうのかとハラハラしたら、終盤で驚愕の展開が待ち構えていた。えええ、あれほど明確な伏線を見落としていたとは不覚。でも、作者の書き方が巧くて、読んでいるときは、まったく気づかなかった。この驚きと悔しさこそ、ミステリーの醍醐味である。

 

 なお本書には、『特殊清掃人』の五百旗頭や、『祝祭のハングマン』の鳥海秋彦も脇役として登場。プロフェッショナルぶりを見せつける。他シリーズの御子柴弁護士の名前も出てきた。こうした物語世界のクロスオーバーも、中山作品の楽しみなのだ。