祖父の遺言に従い、実の父を斬った孤高の剣士、日向景一郎。忘れ形見である腹違いの弟・森之助を育てながら穏やかな日々を送っていたが、江戸・向島の薬種屋が扱う禁制品の阿片をめぐる陰謀に巻き込まれていく──。

 

《三国志》などの中国歴史小説シリーズで知られる文壇のレジェンド・北方謙三の時代小説「日向景一郎シリーズ」の復刻第2弾が発売となった。迫真の殺陣と陰謀が渦巻く物語『降魔の剣 日向景一郎シリーズ2』の読みどころを「小説推理」2025年4月号に掲載された書評家・末國善己さんのレビューでご紹介する。

 

降魔の剣〈新装版〉 日向景一郎シリーズ 2

 

■『降魔の剣 日向景一郎シリーズ2』北方謙三  /末國善己 [評]

 

江戸で静かな生活を送る日向景一郎たちが巻き込まれるようをめぐる陰謀。迫真の剣戟と複雑な事件の真相は、現代人の価値観をゆさぶってくれる。​

 

 北方謙三の剣豪小説《日向景一郎シリーズ》(全5巻)の5カ月連続の復刊がスタートした。第1巻『風樹の剣』は、祖父の日向しようげんに日向流を学んだ景一郎が、「父を斬れ」という祖父の遺言に従い父を捜す旅に出るロードノベルだった。これに対し第2巻『降魔の剣』は、弟の森之助、伯父の小関鉄馬と江戸の薬種商・杉屋清六の薬草園に落ち着いた景一郎が、人を殺す修羅の道から逃れようとするかのように陶芸に打ち込む静かな場面から始まる。

 

 杉屋は、「腹の中のでき物」(おそらく癌)の末期症状に苦しむ患者のため、横流し品の阿芙蓉(阿片)を買って医師の道庵や幽影に渡していた。阿芙蓉の売買には庄内藩がかかわっているらしく、杉屋は庄内藩が放ったらしき刺客に狙われ、美保という女に入れあげ毎月の手当てを渡していて金がいる鉄馬が用心棒になる。杉屋が阿芙蓉を入手しているのを臨時廻り同心の保田新兵衛が知ったことで事態は複雑になり、その渦に景一郎も巻き込まれていく。

 

 ハードボイルドの傑作を数多く発表している著者だけに、本書も心理描写を行わず登場人物の行動を記述していくハードボイルドのスタイルで物語を進めている。ただ、左腕の手首から先がない鉄馬は、林不忘が生んだ隻眼隻手の剣客・丹下左膳を、鬼のように平然と人を斬っていた景一郎が人になろうとする展開は、獣のように剣を振るっていた武蔵が、沢庵和尚に諭され精神を高める剣を目指す吉川英治『宮本武蔵』を思わせるなど、随所に名作剣豪小説へのオマージュがあるので、剣豪小説が好きな読者は、著者が作る斬新な世界観にも戸惑うことはないはずだ。

 中盤以降は、将監の剣を見て我流で日向流を修行した榊原征四郎と、日向流をこの世から消したい景一郎との対決も軸になるだけに、クライマックスの迫力は圧倒的だ。

 

 本書で事件の鍵になる阿芙蓉は、患者の苦痛を取り除き、手術に耐えるほどの鎮痛効果がある反面、依存性が高く人を堕落させる麻薬にもなる。この他にも、景一郎が愛刀の来国行を握れば人を簡単に殺せるが、医師が使う小刀は患者の命を救うなど、物事にはすべて多面性があり、唯一絶対の正解を求めず常に自分の価値観を相対化することの重要性が描かれている。自分の考えが正しいと思い込みネットで誹謗中傷をする人が増えている現状を思えば、これは現在も重く受け止めるべきテーマになっている。

 

 迫真の剣戟と陰謀が渦巻く物語は今後もスケールアップしていくので、次刊を楽しみにして欲しい。