《水滸伝》《三国志》などの中国歴史小説で知られる文壇のレジェンド・北方謙三の時代小説「日向景一郎シリーズ」が5カ月連続で復刊されることが決定した。臆病者の青年が最強の剣士に成長するまでを描いた剣豪小説であり、著者得意のハードボイルドでもある、この血湧き肉躍るシリーズの読みどころを「小説推理」2025年3月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューでご紹介する。
■『風樹の剣 日向景一郎シリーズ1』〈新装版〉北方謙三 /日下三蔵 [評]
ハードボイルドの名手が手がけた剣豪小説の傑作シリーズ、連続復刊! 父を捜して流離う日向景一郎の旅路に待ち受けるものは、果たして何か──?
現在、北方謙三のことを《水滸伝》《楊令伝》《岳飛伝》《三国志》といった中国歴史小説の大家と思っている人が多いかも知れないが、もちろん、本誌の読者であれば、80年代のハードボイルド・冒険小説ブームを牽引した有力作家の一人であることは、皆さんご存知であろう。
国産ハードボイルドは60年代までに、河野典生、大藪春彦、生島治郎らが登場したが、後に続く作家が現れなかった。70年代末に大沢在昌、矢作俊彦、船戸与一、80年代に入って、佐々木譲、志水辰夫、逢坂剛らが相次いで登場し、ジャンルとしての陣容が急速に整っていくのだ。
純文学から転じて81年に『弔鐘はるかなり』を発表した北方謙三は、これらの新鋭の中ではいち早くベストセラー作家となり、旺盛な執筆活動を続けていたが、89年には早くも最初の歴史小説『武王の門』を刊行している。
この作品は内容の面白さもさることながら、従来の歴史小説ではあまり扱われてこなかった南北朝時代を舞台にしていたことでも、多くの読者を驚かせた。
著者は当時のインタビューで、この時代を選んだ理由について、「だってハードボイルド作家が普通のチャンバラものを書いても、意外性がないでしょう」と発言していたが、確かに意外性抜群のチョイスであった。
多くの歴史小説を経て、93年にスタートした《日向景一郎シリーズ》は、まさに「ハードボイルド作家が書いた剣豪小説」という内容になっている。数年に一冊のペースで2010年までに全5巻が発表されたが、今回の双葉文庫版では5カ月連続で復刊されるというから楽しみだ。
剣豪小説でもっとも重要なのは殺陣の面白さだが、このシリーズの各エピソードの斬り合いの迫力は無類である。しかし、それだけではなく、主人公の青年剣士・日向景一郎の成長物語であり、父を捜して各地を流離うロードムービーであり、随所にトリッキーな展開が仕掛けられたミステリであり、何より正統派のハードボイルドでもある、というのが凄い。
強いヒーローが敵を斬る、という単純な構図でも成立するジャンルに、これだけの要素を欲張って加えていったら並の作家であれば構成が破綻しかねないところだが、《日向景一郎シリーズ》は重層的で重厚な大人のためのチャンバラ小説として、見事に完成されている。純文学で鍛えた文章力、ミステリ作家としての構成力、サービス精神が渾然一体となって生まれた傑作シリーズである。