2024年のベスト・ブック
【第1位】
![](https://colorful.ismcdn.jp/mwimgs/a/4/936wm/img_a44e62b71ac75616775ae173793976ea213728.jpg)
写真=Sylvain Sonnet/Jay’s photo/gettyimages
『贋品』
浅沢英 著
徳間書店
【第2位】
『革命の血』
柏木伸介 著
小学館
【第3位】
『地雷グリコ』
青崎有吾 著
KADOKAWA
【第4位】
『檜垣澤家の炎上』
永嶋恵美 著
新潮文庫
【第5位】
『禁忌の子』
山口未桜 著
東京創元社
2024年の日本ミステリー界も本格ミステリー系を軸に好調を維持したが、ひと昔前と比べると、冒険ハードボイルド系の元気のなさが気にかかる。いや、作品がないわけじゃなく、読む方が追いついていなかったりするせいもあるのだが、それにしても船戸与一や北方謙三、志水辰夫らが続々とブレイク、話題作を放っていった時代を振り返るにつけ、当時の破竹の勢いがしのばれるのである。
というところで新人枠の第5位から紹介していくと、山口未桜『禁忌の子』(東京創元社)。本誌12月号で取り上げたばかりだが、週刊文春の年間ベストテンにランクインするなど好評を博した。兵庫県の病院の救急科に心肺停止状態の男性が搬送されるが、その患者が担当医の武田航と瓜二つだった。武田は探偵能力がある同僚の医師・城崎に協力を求め、その謎を追い始める。二人は母子手帳を手がかりに大阪のクリニックを探ろうとするが、その矢先に出来事の鍵を握る女理事長が密室状況の部屋で死体で発見される。
出だしのインパクトの強度にまず注目。もちろんクローンなんて安易な手は使っておらず、この謎だけでも充分魅力的だ。探偵役の二人も有栖川有栖の火村英生と有栖のコンビを髣髴させるし、終盤に提示されるテーマと絡めたフーダニットの衝撃度も出だしのそれに勝るとも劣らない。様々な意味で大型新人と呼ぶにふさわしいデビュー作である。
第4位は同じ12月号で取り上げた永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)だ。20世紀初めの大正時代の横浜を主要舞台にした女系ドラマである。横浜の富豪・檜垣澤家の当主・要吉の妾のもとに生まれた高木かな子は7歳で母を亡くし檜垣澤家に引き取られ、要吉の妻・スエが治める家で生きていくことになる。要吉は2年後に亡くなってしまうが、かな子はスエの長女・花の娘たちに取り入るなどして、いつか自分もスエ以上の存在になりたいという野心に燃えていた。
「『細雪』×『華麗なる一族』×殺人事件」と帯の惹句にあるように、関西の一族ものをベースに、冒頭で花の夫・辰市が火事で不審死した事件の謎が随所で顔を出す。日露戦争や第一次世界大戦、大逆事件、スペイン風邪の流行等、物語の背景で描かれる出来事と連動して檜垣澤家の闇も徐々にうがたれていくのである。見事な文体に貫かれた上流階級劇プラス底辺女子の成り上がり劇で、必読!
第3位は青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA)。2024年の各ベストテンを総なめにした作品を外すわけにゃいきませぬなどというまでもなく、ミステリーとしてもゲーム小説、ギャンブル小説、青春学園小説としても、第一級の面白作品なのだ。
都立頬白高校の文化祭で模擬店の場所決めの争奪戦が進められ、生徒会代表の椚迅人は一年生女子の射守矢真兎と神社の階段でグリコをすることに。ただし互いに三つの段に地雷を仕掛け、踏んだら10段下がるというルールが加わった……。表題の「地雷グリコ」からして迫真の読みが繰り広げられる。
百人一首の坊主めくりにトランプの神経衰弱をアレンジした続く「坊主衰弱」、グーチョキパーに新手を加えた五種のジャンケンで戦う「自由律ジャンケン」等独自のゲーム作りが光るが、後半では校外に出て他校と競うことにもなる。そこにおいては、真兎とその親友との因縁対決などもあり、青春学園小説としての盛り上がりも半端ないのである。
その強者を差し置いて第2位にランクインしたのは、柏木伸介『革命の血』(小学館)である。神奈川県警の元公安刑事が爆殺され、30年間沈黙していたテロリストに容疑が。30年前、そのテロリストと事件現場で顔を合わせたことのある神奈川県警公安課の沢木了輔が捜査に当たるが、ろくに進まぬうちに新たな爆弾事件が。
沢木は少年時代から公安警察と関わってきた複雑な青春期を送っていて、著者はその若き日の沢木の姿を「僕」という一人称で、爆弾事件を追う現在の捜査行を「私」という一人称で描き分けるという二部構成を取っている。著者はもともとジェイムズ・エルロイや馳星周に倣ったハードボイルド文体の使い手だが、今回はプロットにも凝ってみせたという次第で、そのチャレンジ精神に拍手。終盤には時代の変革期という背景設定も活かした大技が控えていて、ミステリーとしての読みごたえも外していない。
その傑作をさらに押さえて第1位をゲットしたのは、第五回大藪春彦新人賞作家のデビュー作、浅沢秀『贋品』(徳間書店)だ。
佐村隆は亡父の友人で元画家の山井青藍からピカソの贋作作りに誘われる。かつて外国の美術館から盗まれた油絵が今、東大阪の新興宗教の施設にあるという。それを持ち出して3Dプリンターで贋作を作るというのだ。出来た絵は香港のメガコレクターに売りつける。その額、何と48億円。半端ないのだ。
読みどころは、何といっても贋作作りの圧倒的リアリティだ。可視光反射撮影を始めとする光学調査に耐えうるものを作るべく、絵具やキャンバスの材質もそれ相応のものを用意する必要がある。その細かさたるや。また借金もかさみ、佐村たちは金融屋からも追われることに。もちろん仲間同士も一枚岩とはいかず、裏切り劇が繰り広げられる。ラストまで一瞬たりとも目の離せない傑作である。