2017年、「アクロス・ザ・ユニバース」で「女による女のためのR‐18文学賞」大賞と読者賞をW受賞した白尾悠さんが、このたび新たな連作小説『隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい』を上梓した。
物語の舞台は、多世代の住人が協働するちょっと特殊なマンション「ココ・アパートメント」。人間関係が希薄になりがちな現代、家族の絆や歪み、葛藤を描く上で大切にした思いをうかがった。
取材・文=碧月はる 撮影=川口宗道
震災時、孤独を感じる最中に声をかけてくれた大家さんの存在
──物語の舞台である「ココ・アパートメント」は、シェアハウスに近いながらも、より「個」を保てる新しい住まいの形が魅力的でした。本書を執筆するにあたり、「コミュニティ型マンション」を舞台に選んだ理由を教えてください。
白尾悠(以下=白尾):実は、本作は母の現在の住まいが着想のきっかけなんです。コロナ禍を機に実家じまいをしたのですが、そのあとに引っ越した先がコレクティブハウス※1で、母の話を聞いているうちに興味を持ちました。母は本書で描いた暮らしと同様に住民の方々と交流を楽しみ、中でも私と同年代の海外の方とは“友人”と呼べるほど親しくなっています。第2の人生がはじまったかのようにイキイキしている母の様子を編集さんに伝えたのがきっかけで、本作の舞台が決まりました。
※1 コレクティブハウス
個別の住戸と住人全員が使える共有スペースを両方兼ね備える集合住宅のこと。北欧発祥の住まい方で、現在では北米などを中心に世界中に広まっている。
──白尾さんはアメリカの大学で寮生活を経験されているとうかがっています。本作の協働生活の描写に関して、ご自身の経験と重なる部分はありますか。
白尾:生活そのものが重なったというよりは、人とのちょっとした会話が息抜きになったり、「今少しへばっています」みたいなことが伝わって気を遣ってもらえたりする描写が、自身の経験にもとづいています。在学中はシェアハウスも経験しましたが、自己開示をすることで助けてくれる人が増えました。
──白尾さんご自身は、隣人の方々とのお付き合いはありますか。
白尾:女性の一人暮らしなので、これまでは警戒心が強くて、正直なところ「隣人付き合いなんてとんでもない」と思っていました。でも、東日本大震災やコロナ禍を機に、改めて隣人の顔も名前も知らないことに気付いたんです。震災当日、指定避難場所に避難したのですが、私だけひとりでポツンと立っていた記憶があって。周りはご家族や知り合いと一緒にいる様子を目にして、「あ、私いまひとりだ」と思ったんですね。
──非常時にひとりでいるのは、やはり心細いですよね。
白尾:はい。でも、そのあとに駐車場の大家さんのご厚意に触れる機会があって。元々、近所に住む大家さんが「振込手数料もったいないでしょ」と言ってくれて、手渡しで駐車場代をお支払いしていたんですが、震災後もいつものように代金の支払いにうかがったら、「ちょっと上がっていきませんか」と声をかけてもらえて。いわきのほうから娘さん家族が避難しているとか、そんなお話をしながらおせんべいをいただきました。お互いに、ただの大家と店子ではあるのですが、あの時間はすごく落ち着きましたね。
──では、今は隣人との交流があってもいいと感じていますか。
白尾:そうですね。怖い事件もあるので、やはり警戒心は必要です。ただ、年を重ねるごとに警戒すべきポイントが見えてきて、対応策もわかってきました。今住んでいる場所は高齢者の方もいるので、自分にできる手助けはしていきたいと思っています。若い頃はぎこちなかったけど、今は高齢者の方とも気軽にお話しできるようになりました。年をとるのは、悪いことばかりじゃないですね。
──本書に登場する隣人たちは、世代もジェンダーも家族構成も多岐にわたります。白尾さんにとって、一番身近に感じる人物はどなたですか。
白尾:属性でいえば、第2章の主人公である由美子さんです。由美子さんは、義理の姉の死をきっかけに、兄の息子を不定期で預かるシッターのような役割をしています。ですが、普段は一人暮らしで、私と同じく結婚もしていないし、子供もいない。「ココ・アパートメント」を外側から見たときの視点を入れたかったので、由美子さんは住民ではなく、時々甥っ子のために訪れるゲストの立ち位置にしました。でも、心情として近いのは、大家の勲男さんや、高齢で一人暮らしの康子さんかもしれません。
子供にとって安心できる場所はいくつあってもいい。私のようなジジイがよその子供のためにできることは、せいぜいそういう場所を増やしたり、守ったりすることくらいなんだよねぇ
小説の中で、勲男さんがこのように話す場面があります。まさにその通りだなと思っていて。属性は関係なく、子供たちのために自分にできることがあればしたいですね。最も力が弱い存在に対して優しい場所をつくれたら、そこはみんなに対して優しい場所になると思うんです。
──白尾さんのご実家と同じく、実家じまいを進める人が今後も増えていくと思います。その中で、本書のような協働生活の形が広がっていく可能性はあるでしょうか。
白尾:そうですね。選択肢の一つとして知られるといいなと願います。無縁社会と言われる現代は、孤立が原因で起こるさまざまな問題が社会課題となっています。誰かと大親友になるとか、大恋愛の末に恋人になるとか、そういうのは本人の努力だけではどうにもならない部分がある。でも、「いやんべ(いい塩梅)※2な隣人」にはなれると思うんです。一言挨拶を交わすだけでも、お天気の話をするだけでもいい。そういうコミュニケーションが積み重なって、いろんな人と会話を交わすだけでも、“無縁”という状態ではなくなると思っています。
※2 いやんべ=東北の方言で、「いい塩梅」「ちょうどいい具合」という意味。
(後編)へつづく