スパイ作品といえば、政府機関の諜報員として暗躍し、国家の安全を守るために手段を問わず戦う姿が描かれる。
本作は、表向きには存在しないことになっている警察庁直轄の超法規的組織「十三階」に属する女スパイ・黒江を描いた、予定調和なし、逆転劇満載のスパイアクションシリーズ第5弾である。
これまで非合法な手段も厭わず、テロ組織と渡り合ってきた秘密諜報組織、「十三階」。しかし、政府は非合法活動を良しとせず、今後は諜報活動を内閣情報調査室が担うことを決め、「十三階」は解体されてしまった。メンバーの多くは僻地に左遷され、黒江夫婦も一人息子を連れてインドに逃亡。そんな折り、コロンビアで「十三階」の元指揮官が誘拐され、惨殺される──。
この重大事件に、「十三階」なしで立ち向かえるのか? 母となったヒロイン・黒江の強さと脆さから目が離せないシリーズ最新作『十三階の仇』がついに文庫化! その読みどころを、「小説推理」2022年7月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューでご紹介したい。
■『十三階の仇』吉川英梨 /大矢博子[評]
「十三階」が解体された! コロンビアでの邦人誘拐事件に、「十三階」なしで立ち向かえるのか? 逆転と興奮に満ちた圧巻のシリーズ第五弾登場。
警察庁直轄の諜報組織「十三階」シリーズの第五弾である。といっても今回の始まりは今までとはかなり異なる。前作『十三階の母』での事件をきっかけに、「十三階」が解体されてしまったのだ。
非合法な手段も厭わないがゆえに水面下に深く潜ってテロ組織と渡り合ってきた「十三階」。前総理の娘である天方美月衆議院議員は非合法活動を良しとせず、今後は「十三階」の諜報作業を内閣情報調査室が担うと決定。「十三階」のメンバーは僻地へと左遷され、過去の非合法業務で逮捕の恐れのある古池慎一と黒江律子の夫婦は一人息子とともにインドに潜伏していた。
ところがそんな折り、コロンビアで邦人の誘拐事件が発生。しかも被害者は惨殺されたという。あまつさえ現地に飛んだ外相の身代わりに、「十三階」の元校長・藤本が拉致された。そして誘拐組織は交渉人として古池を指名してきたのである。もとより「十三階」ほどの能力を持たない内調は古池に頼らざるを得ず──。
今回も圧巻のリーダビリティで読者を一気に物語の世界に連れ込む。このシリーズが(あるいは著者が)すごいのは、安定した設定に甘んじることなく、積み上げてきたものを思い切り壊してみせる勇気だ。「十三階」を潰すというのもそうだし、ダークヒロイン・黒江律子の活躍譚として始まったこのシリーズが、次第に様相を変えていくのも然り。古池が中心になる巻(本書もそうだ)があったり、噛ませ犬だと思っていた悪役が意外な成長を見せたり、かと思えばそれまでの読者の感情移入などどこ吹く風で登場人物を消してしまったりする。
一巻の中で何度も逆転があるのみならず、シリーズを通してもさまざまな逆転が仕込まれているのだ。特に、ヒロインであったはずの黒江を見よ! 母になってからの変化はこれまでも描かれていたが、本書ではその脆さと強さの両方にブーストがかかる。どの巻を読んでも新たな黒江が登場し、読者を翻弄し、その都度驚かされるのだ。予定調和などどこにもない。だから本シリーズを読むのはやめられないのである。
解体された「十三階」は果たしてどうなるのか? 本書にも大小さまざまな逆転が仕掛けられているのでお楽しみに。同時に、どうにも不穏な予感しかしないエンディングが待っている。エスピオナージュの醍醐味と濃密な人間模様。早く続きが読みたくてたまらない。