「私はチクワに殺されます」──チクワの散乱した心中現場で、そんな書き出しから始まる手記が見つかったことから始まる、世にも奇妙で恐ろしい物語。

 荒唐無稽な設定から始まる奇妙な物語は、複数の視点から語られることで全く異なる側面を見せ、予想不可能な結末が待ち受ける。前代未聞・驚天動地のチクワ・サスペンスだ。

「小説推理」2024年10月号に掲載された書評家・内田剛さんのレビューで『私はチクワに殺されます』の読みどころをご紹介します。

 

私はチクワに殺されます

 

■『私はチクワに殺されます』五条紀夫  /内田剛 [評]

 

決して覗いてはならないチクワの穴。これは悪夢か妄想か? 強烈な呪い、そして壮絶な狂気。読後の騒めきが止まらない、新たな都市伝説の誕生だ!

 

 まずタイトルを見て瞬時に腰が砕けた。「チクワに殺される」って何のことだ?「チワワ」でも嫌だが「チクワ」とはあの食べる竹輪のこと。帯の「チクワ・サスペンス開幕」という文面や表紙のイラストから断言できる。チクワとは数多の食品の中でも地味な部類に入るだろう。そんなチクワと「サスペンス」の文字や「死」のイメージは、あまりにも不釣り合いではないか。

 大いなる違和感を抱きつつ読み始めれば、冒頭から想定外の血生臭い惨劇が起こる。全身めった刺しにされた妻、首を吊った夫。50代夫婦の無理心中の現場は、夥しい量のチクワに埋めつくされていた。チクワが事件の主役になるとはまさに前代未聞。しかし怖いもの見たさで読み進めていくうちに、不思議なほどグイグイと引きつけられる。

 チクワをネタにした奇妙奇天烈なトンデモ本かと思いきや、構成の妙に唸らされる。物語は死んだ男の「手記」、第一発見者である娘の「インタビュー」、元ライターの手による「小説の断片」の三章で組み立てられているのだが、これが実に巧妙に仕込まれており密度が濃い。ネタバレとなるので詳細は記せないが、意表を突いた3部構成により、まさに反対側からチクワの穴を覗いたような、そして空いた穴が塞がれたような感覚となる。著者の用意周到な企てに唸らされてしまうのだ。

 一見、際どい印象の本作に説得力を与えるのが、「秘拷穴」という古代呪術をルーツとした民間伝承だ。生き物の死体に開けた穴から豊饒を祈願する。強い願いは時として狂気となり、さらに転じて強烈な呪縛を生み出すのだ。新たな都市伝説誕生のきっかけとして申し分なく、さらにチクワの原材料は「魚の死骸」という発想にもハッとさせられる。

 チクワという普段何気なく見ているモノが、突如として悪の化身のような存在に豹変する。奇妙な物語を通じて、既存の価値観が音をたてて崩れ去る錯覚に陥る。後に残るのは突き抜ける悍ましさ。どこにでもあるチクワが、次に見かけた時にはまったく違った表情となっていることだろう。

「その穴を覗けば必ず人が死ぬ」それを知ってしまったら、多くの者が危険を承知でチクワの穴を覗きたくなるに違いない。日常生活で心にぽっかりと開いてしまった穴を完璧に埋めてくれるこの一冊は、退屈な毎日に強烈な刺激を与えるスパイスにもなる。問答無用、大いに拡散すべきであろう。