元捜査一課刑事や元公安、元陸上自衛隊特殊任務部隊など、訳ありばかりが集められた組織・秀和が、法律の外で型破りな捜査を行う「法外捜査」シリーズが8月に刊行された3作目で完結を迎えた。

 

 2010年に『煙が目にしみる』で日本ミステリー文学新人賞を受賞して以来、寡作ながら骨太のハードボイルドを世に送り出してきた著者の石川渓月さんに、本シリーズの執筆についてお話を伺った。

 

 

法律では守れない正義がある

 

——まずタイトルの「法外捜査」ですが、読んで字の如く「法律の外で行われる捜査」ですよね。警察組織など法律の内側から事件に迫るというやり方もあったと思いますが、あえて法の外に主人公たちを置いたのは何故でしょうか。

 

石川渓月(以下=石川):今、いわゆる警察小説というジャンルには数多くの面白い作品が出ていますよね。それとは少し違うアプローチで犯罪捜査に迫りたいと思ったのがきっかけです。この小説の中でも何度か出てくる「法律では守れない正義がある」という言葉は、以前から漠然と考えていたことでした。法律を踏み外して捜査をする刑事も考えましたが、それはある意味よくあるパターンですよね。それならば法律に縛られない立場の人間に捜査をさせる手があるのか、を考えました。ただし警察官ではないからといって法律をまったく無視するというのはありえません。そこで登場人物を元刑事や元公安警察官、元自衛隊員などにしました。彼らはいずれも警察や自衛隊の仕事に誇りを持っていましたが、どうにもならない事情でやむを得ず組織を離れることになった。つまり今も警察や自衛隊の正義を信じているというのが一番大切だと考えました。そして犯罪を憎む気持ちは強く持ちながら、警察の捜査の限界や法律に縛られた歯がゆさもいやというほど知っている。そんな彼らが、あえて法律の外に身を置くことで、警察より一歩も二歩も先に真実に迫れる、という構図を考えました。

 

——作中では、その法律の外で活動する組織「秀和」と警察が時に協力します。本来ならありえない連携ですが、違和感どころかワクワクしました。執筆にはかなり気を遣われたのでは?

 

石川:そうですね。そこを不自然だと読み手に感じさせては、そもそも話が成り立ちません。ですから、その点は一番気を遣いました。そこで「秀和」の成り立ちを熟考し、さらに警察庁内の権力争いによる捜査情報の囲い込みや、情報漏洩などによる疑心暗鬼から警察が機能不全に陥り、そこで警察組織に属さない「秀和」に頼らざるを得なくなる、という状況を徐々に作り上げていきました。その過程で重要だったのが、「秀和」のトップである元警察庁キャリアの来栖と、警察庁側の窓口であるキャリア官僚、佐々倉との関係です。来栖は当初、「秀和」のメンバーとは精神的に一線を画し、警察庁側の人間でしたが、その考え方が徐々に変わって「秀和」の一員として主人公の滝沢たちと一緒に戦う気持ちになっていく。そして後半には、警察庁幹部が、「秀和」を持て余すようになることで、不自然さをさらになくすような流れにしたつもりです。

 

 

法律を守らない代わりに法律には守られない

 

——なるほど。一方で、主人公の滝沢は「自分なりの正義」を追求しています。ですが、巻が進むにつれて彼の正義に向き合うスタンスが徐々に変化しているように感じました。これは狙いがあったのでしょうか。

 

石川:先ほども言いましたが、警察の人間ではないからといって法律を破ることは許されません。それは元刑事である滝沢が一番よくわかっていることですし、「自分たちには正義ある」と胸を張って法を踏み外すような考え方をしたのでは、読み手の共感は得られないと思いました。それでも市民を無差別に殺害するテロリストへの怒りや、一日も早く事件を解決しなければいけないという思いは元刑事だけに強く持っています。だからこそ警察組織を離れた自分にしかできないことを考え続け、「法律では守れない正義がある」という現実を受け入れ行動を起こします。そして法律を守らない代わりに法律には守られない。つまり全ての行動が命がけの戦いなので、それでようやく自分を納得させることができるというわけです。それでも実際に滝沢自身が命の危険にさらされ恐怖に震えることもあるし、テロリストとはいえ、目の前で人が死んでいく姿をみることで、自分のやっていることが本当に正しいのかという葛藤を持つのは自然な感情ですから、それはストレートに表現しました。滝沢だけでなく、他のメンバーも同じような葛藤を抱えながら戦っていくことで、メンバーの絆が強くなっていくというのも狙いのひとつでした。

 

——これまでお書きになってきた、一匹狼のハードボイルドと違って、本作は「秀和」という組織で動きます。執筆するうえで苦労したこと、逆に、メリットだと気づいたことを教えてください。

 

石川:滝沢を主人公にしていますが、元公安でベテランの沼田、元制服警官で若い翔太、元陸上自衛隊特殊任務部隊にいた冴香、そして「秀和」のボスである来栖、それぞれが人生を大きく変えてしまった事情を抱えながら、自分が信じる「正義」を持っているというのがポイントでした。テロリストとの戦いの中でお互いの正義がぶつかり合う、正しいものと正しいものがぶつかるというのも狙いのひとつです。それぞれが過去を抱えながら戦いを続けることで、誰もが主人公と言えるような立場にできたと思っています。「秀和」という小さいながらも組織での戦いにすることで、人間関係を含めてより深く人物を描くことができたのではないかと思っています。

 

 

縦割りの警察組織との対比

 

——「秀和」に属する調査員たちも多士済々です。彼らの設定はどうのようにして決定しましたか。

 

石川:まず主人公は元警視庁捜査一課の刑事、これは当初から決めていました。他のメンバーは、元警察庁キャリア、元公安、元制服警官とすることで、小さいながらも警察と同じ組織構成にし、彼らがこれまでの経験を活かし、お互いを認め情報を共有し共に闘うことで、縦割りの警察組織との対比ができるだろうと考えました。女性も一人入れたかったので、これは警察ではなく、自衛隊の特殊任務部隊にいたという経歴にしました。そのうえで仲間にも秘密にしている自分だけの戦いを抱えているという設定で、それが事件の展開や解決に大きく関わってくるという重要な役割を持たせました。さらに今の時代、テロと言えばサイバーテロを抜きには考えられません。そこで元制服警察官の翔太をサイバー関係の専門知識を持っている設定にしました。現役時代は、接点もなく全く違う仕事をしていたメンバーですが、話が進むにつれ、当初想定していた以上にその経歴や心情が事件解決に向けて影響を与えることになりました。これは書きながら自分でも驚くようないい形になったと思っています。

 

——その中でも気に入っているキャラクターは誰ですか。

 

石川:それは難しいですね。主人公の滝沢はもちろんですが、メンバーのまとめ役であるしぶい中年男の沼田、ちょっと軽いけど最後は自分の信念に従って必死の行動をする若い翔太、暗くつらい過去を持ちながら、仲間を信じ、常に戦う姿勢の冴香。誰をとっても私にとって魅力的で思わず肩を抱いてやりたいほどいとおしいメンバーたちです。特に冴香には、物語の過程でかなりつらい思いをさせてしまったので、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

今どき都内で銃撃戦ができる場所なんてありません

 

——1巻の廃墟のラブホテルでの死闘、2巻の森の中での銃撃戦、3巻の船上での激闘、ほかにもアクションシーンは盛りだくさんです。しかもすべて状況が異なりますよね。かなり工夫されたのでは?

 

石川:確かにこれだけの長編で戦闘シーンの数も多くなると、どんなシーンで戦うのかはとても難しかったです。都内が主な場所になりますが、今どき都内で銃撃戦ができる場所なんてありませんよね。それでも何か所か足を運んで、深夜ならぎりぎり銃撃戦があっても大丈夫だろうという状況や、使えそうな武器を考えました。それでもなかなかリアリティのある戦闘というのは難しかったです。武器を使わない格闘シーンも、読み手に、なぜ相手は銃を使わないの? と思われたら白けてしまうので、その設定にも気を遣いました。

 

——しかも主人公の滝沢は無敵ではない。チームのメンバーにも敵にも、彼より強い人物はごろごろしています。

 

石川:すでにお話ししたように、滝沢は恐怖に震えることもあります。精神も肉体も強靭なスーパーヒーローではなく、全てに人間臭さが出るよう心掛けました。銃を突きつけられれば恐怖を感じる、相手の方が圧倒的に強い、それでも「今、自分がやらなければいけないことをやる」という信念が滝沢を動かし続ける。そんな男の姿が描ければと思いました。

 

——テロを起こす「スサノウ」は国家転覆を企むようなとんでもない組織ですが、彼らの主張にも一理あると感じます。こうした複雑な敵に設定した理由をお聞かせください。

 

石川:これまで描いてきたのは、極めて単純に言えば「善と悪の戦い」でした。今回の相手は無差別テロを起こす、とんでもない悪ですが、彼らなりの理屈がある。しかもその理屈は決して間違っていない。今の日本人なら誰でも心の底に感じている怒りのようなものが根底にある。やり方は絶対に許されないけど、こいつらが言っていることも間違っちゃいないよな、と読み手に思っていただけたら、より戦いが複雑で深いものになっていくと考えて書き進めました。その点は、私自身が持っている怒りと歯がゆさでもあるのですけどね。そういう思いも随所に描ければとも思いました。

 

——なるほど。作家としての挑戦ですね。では、最後に今後の刊行予定、次回作の構想などをお教えください。

 

石川:やはりハードボイルド系は書き続けたいです。それも決して誰もが唸るような強い男だけではなく、信念を持って戦う姿。けっして格闘だけではなく、仕事であってもいいですよね。そんな強い男や女を描ければと思っています。

今回の作品でも後半は政治の世界が絡んできますが、以前から政治の世界も取材しているので、そのあたりを絡めて、新しい形のハードボイルド小説が書きたいと思っています。

 

——本日はありがとうございました。

 

 

【あらすじ】
元警察庁キャリアの来栖が設立した組織「秀和」。表向きはコンサルタント会社だが、裏では政官財の不祥事の後始末を請け負う。9月のある日、新宿駅東口で爆破事件が発生した。無差別殺人かテロか。警視庁捜査一課と公安の特別合同捜査本部が設けられるが、捜査の主導権争いと相次ぐ極秘情報のリークで、本部は機能不全に陥っていた。来栖は、古巣である警察庁から呼び出され、警察とは違うやり方で犯人を探るように命じられる。「秀和」のメンバーで、元捜査一課の刑事だった滝沢は「スサノウ」と呼ばれる謎の組織を嗅ぎつけるが……。