フリーカメラマンの仕事を淡々とこなし、仕事先の編集者と不倫関係にある葉子。40歳になり人生の後半戦を迎え、この先どう暮らしていけばよいのかどうか逡巡する。「どこかに帰りたいと思う気分、帰りたいと望む心を描いてみたかった」と著者が語る傑作小説『ピリオド』が装いを新たに登場。迷いの多い時代だからこそ読みたい一冊。
門賀美央子さんのレビューで『ピリオド〈新装版〉』の読みどころをご紹介します。
■『ピリオド〈新装版〉』乃南アサ /門賀美央子[評]
思いがけず甥や姪との同居が始まった独身中年女性。人と暮らすことで、意識していなかった孤独を自覚し苦悩する中、追い打ちをかけるような事件が……
本作は初版が1999年。今回は新装版としての発売だ。当時はまさしく同時代を切り取った現代小説だっただろうが、それから25年が過ぎた今、端々に登場する小道具や社会の諸相には多少懐かしさを感じる。スマートフォンは影も形もなく、携帯電話もまだ普及期、カメラだってフィルムを使用するアナログカメラが登場する。そんな“一昔前”が舞台だ。
けれども、丹念につづられる主人公の心理や家族の姿にはわずかばかりの古臭さもない。それどころか、本書がテーマとする問題を抱える人々は、今でも世間のあちらこちらに存在している。
そんな普遍性に満ちた物語は、主人公である葉子が津軽地方の小さな町を旅する場面から始まる。
葉子は東京に住む40歳、フリーランスのカメラマンとして忙しい毎日を送っている。と、簡単なプロフィールだけなら華やかな世界に生きている人のようだが、実際の仕事はクライアントから注文された写真をそれなりに撮るだけ。彼女にとって写真はアートではなく生計の手段だ。津軽にも急な依頼を断れず渋々来ただけだった。だが、葉子は、そこで見つけてしまうのだ。激動となる、そこからの数ヶ月間を象徴するような光景に。
葉子は実家や故郷から逃れたい一心で、大学進学を期に上京した。そして、そのまま東京で就職、結婚とごく平凡な道を歩んでいた。けれども、二度の流産と離婚が彼女を「平均的な暮らし」からはじき出してしまう。だからといってまったく特別な人生ではない。都会には自活する独身女性などごまんといるのだから。
そんなキャラクター造形に従うように、ストーリーも特段奇異な出来事は起こらない。不倫相手の妻が何者かに殺されるというそれなりの大事件でさえ、日常の一コマのように扱われる。なぜなら、本書が浮き彫りにしようとしているのは、孤独と自由の間で必死にあがく女の姿だからだ。
出版時から四半世紀を経て、葉子のように生きることそれ自体への寂しさを抱える者の数は当時より増えているかもしれない。人生の後半戦に差し掛かる年齢になって葉子が向き合わざるを得なくなった孤独は、おそらく現代人の誰しもが抱える十字架なのだろう。どんな形であれ、人生の転換点は必ずやってくる。思わぬ形で次のステージへと足を踏み入れることになった葉子、ひとまずの“ピリオド”を追体験することで、ほんの少し茨の道に歩みを進める勇気が湧いてくるかもしれない。