真面目でしっかり者の沙也加は、ある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。その店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする女性の老店主がいた。沙也加はひょんなことから、ここでアルバイトをすることになり──。

「小説推理」2024年5月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『定食屋「雑」』の読みどころをご紹介します。

 

この店で頰張る、懐かしさと至福の味。  『三千円の使いかた』『ランチ酒』の著者が贈る、粋で美味しい人生の物語

 

定食屋「雑」

 

■『定食屋「雑」』原田ひ香  /大矢博子[評]

 

育ってきた環境が違うからこそ、互いの長所を活かして困難を乗り切る。昔ながらの定食屋で働く、まったく違うふたりの女性が起こす化学変化に注目せよ!

 

 夫から突然離婚を切り出された沙也加。日々の料理はきちんとやってきたのに、夫は街の定食屋でビールを飲みながらの食事の方がいいという。お酒ならうちで飲めばいいという沙也加に、そういうことじゃないんだ、俺の楽しみを奪わないでくれとまで言う夫。納得できない沙也加は、夫が通っているという店に行ってみた。そこは「雑」という、今にも傾きそうな古い定食屋で、無愛想な老女がひとりで切り盛りしているらしい。しかも味が濃いし甘い。こんな店に私の料理は劣るのか?

 夫が出ていき、収入が減ってしまった沙也加は、この店でアルバイトをすることに。そうすれば離婚したがる本当の理由がわかるのではと思ったのだが……。

 というあらすじに覚えがある人もいるのでは。この第一話「コロッケ」は、2021年に出たアンソロジー『ほろよい読書』に収録された作品だ。沙也加の離婚問題がどうなったのか気にしていたあなた、続きが読めるぞ!

 そこから連作の形で、「雑」の店主であるみさえ、常連の高津など、語り手を変えながら物語が綴られる。沙也加は真面目で几帳面、みさえは無愛想でぶっきらぼう。年齢も違うし育った環境も、考え方も違う。そんなふたりがともに変わっていくのが読みどころ。

 ともに変わっていく──と書いたが、これは「変化の物語」と言っていい。沙也加の置かれた状況も変わるし、高津も然り。この手の話だと、それでも定食屋「雑」だけは変わらずそこにあって皆が集ってくるという展開になりがちだが、「雑」にも変化が訪れる。コロナ禍だ。

 夫と離れた沙也加。故郷を離れ、心の拠り所だった店の先代を亡くしたみさえ。娘夫婦からの同居の提案が持ち込まれた高津。コロナ禍で休業を余儀なくされた「雑」。変わらないものなど、この世にはない。むしろ、変化にどう向き合うかの連続が人生なのかもしれない。

 濃くて甘い「雑」の味付けに馴染んだ沙也加と、沙也加の味付けを取り入れるみさえ。彼女たちの変化が清々しくも愛おしい。変化を拒む頑なな心がゆっくりと溶けていく様子に、読者の胸も温かくなる。

 何より、場末の(失礼)古い定食屋の、雑な料理の美味しそうなことと言ったら! 生姜焼きも肉じゃがもすき焼きのタレで味付けするような店の、ペラペラのハムカツや古漬けをどうしてこんなに魅力的に書けるのか。とりあえずすき焼きのタレを買ってこよう。