『あめつちのうた』で話題の作家、朝倉宏景の最新刊『ゴミの王国』が刊行された。
本作は、ゴミ清掃職員として働く過剰にきれい好きな日下部朝陽と、ゴミで溢れかえる部屋に住み、ゴミでアート作品を作る佐野友笑がアパートの隣人として出会ったことから始まる。正反対の二人は、将来の悩みや親との確執、それに起因する生きづらさを抱えながらも、なんとか日々を過ごしていた。朝陽と友笑はお互いの価値観の違いに驚き、ぶつかり合いながらも抱える問題に協力して向き合い、少しずつ距離を縮めていく。迷いながら生きる20代の成長をあたたかな眼差しで描く物語だ。
本作の執筆の背景や、物語に込めた思いを著者の朝倉宏景さんにうかがった。
ゴミは心の排泄物──ゴミと人との関係についてあらためて見つめ直してみるきっかけになれば
──大ヒット作『あめつちのうた』では甲子園球場の整備を請け負う阪神園芸を、第24回島清恋愛文学賞を受賞した『風が吹いたり、花が散ったり』はブラインドマラソンをテーマにするなど、朝倉さんはスポーツをテーマにした作品が多い印象でした。『ゴミの王国』はゴミ清掃の職員が主人公で、意外な気がしましたが、この作品はどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。
朝倉宏景(以下=朝倉):私たちの生活の基盤であるインフラを支えるために、絶対に欠かせない仕事ではあるけれど、その実態はよくわかっていない、ゴミ処理もその一つだと思います。雨の日も、雪の日も、暑い日も、寒い日も、作業員の方々が粛々と収集してくださるおかげで、街はきれいに保たれています。作中では、ゴミ処理が人体における「静脈」にたとえられる場面もありますが、まさに老廃物をきちんと処理できないと、人も社会も健全な状態を維持できませんよね。
SDGsの重要性が叫ばれ、環境問題、異常気象が注目されるなか、ゴミと人との関係についてあらためて見つめ直してみるきっかけになればと思いました。
──主人公の朝陽がゴミ清掃職員なので、東京23区のゴミの出し方やルールについて知らなかった知識もたくさん盛り込まれており、ゴミ清掃職員のお仕事小説としても楽しめます。取材などされたのでしょうか?
朝倉:主に関連書籍を読みこむことで知識を得ていきました。お笑いコンビ「マシンガンズ」として活動するかたわら、ゴミ収集作業員としても従事されている滝沢秀一さんの作品は大変参考になりました。
また、東京のゴミ収集の現場にフィールドワークとして参加した研究者・藤井誠一郎さんのご著書は、ゴミ行政がどのように運営されているのかが丁寧に解説されていて、驚くこともたくさんありました。
──友笑はゴミで埋めつくされた、いわゆる「汚部屋」に住む女性です。どのようにこの設定が決まったのでしょうか?
朝倉:ゴミ収集の苦労や、その裏側を知るだけなら、私が今挙げた書籍を読めば済んでしまいます。わざわざ小説にする意味ってなんだろうって、最初はずっと考えてました。お仕事小説で扱う職業と、登場人物たちの精神的な部分や成長がうまくリンクして描かれないと、小説として成立しませんよね。
そこで、ちょっと短絡的なんですけど、ゴミといったら、ゴミ屋敷だ! と、思いついたんです。
ゴミは心の排泄物、という文章が作中に出てきます。出されるゴミの状態、住んでいる部屋の状態、そして精神状態って、けっこう密接にかかわりあっているんじゃないかと、作品を書き進めていくうちに、徐々に強く思うようになりました。
──執筆中に楽しかった部分、苦労した部分、などがあれば教えてください。
朝倉:主人公の朝陽は極度の潔癖症でミニマリスト、かたや友笑は街に捨てられたゴミをわざわざ拾ってきて、それを部屋に溜め、とてつもない汚部屋に住んでいます。
楽しかったのは、友笑がスーパーで安売りをしていたからといって、大量の食料を買いだめするシーンですね。朝陽は必要なときに、必要な分だけ買ってきて、部屋になるべく物を置きたくないライフスタイルなので、二人の価値観が真正面からぶつかって口論になってしまいます。
苦労したのは、児童養護施設で育った友笑が十数年ぶりに母親と再会するシーンですね。長年生き別れていた親子の再会って、あらゆる創作物でやりつくされてきたと思うんです。独自性を出すのに、かなり頭をひねりました。
──朝倉さんご自身が思う、本作の作品の読みどころや、注目すべきポイントをお教えください。
朝倉:部屋をきれいに片付けなければ気が済まない人、なかなか片付けられない人、あるいは日々の忙しさや精神状態によって、汚くなったり、きれいになったりを繰り返す人……。
断捨離ブームなどに代表されるようなライフスタイルや、部屋の状態、物の多さなど、読者の皆さんご自身の生活に、登場人物たちの生き方を重ねながら、この作品を楽しむことができるんじゃないかなと思います。
そのうえで、朝陽と友笑がどのように互いの価値観をのりこえて、交流を深めていくか、温かく見守って読み進めてもらえたら幸いです。
──最後に今後の執筆予定と、読者へのメッセージをお願いします。
朝倉:実は今、小説家人生ではじめて長編ホラー小説を書いています。間もなくラストシーンにさしかかるところで、なんとか出版できそうな目途も立ちました。
今まで、私は主に、人々の交流と希望を描いてきました。今回書いているホラー小説は、はっきり言って絶望しかありません(笑)。殺人、死体遺棄、幽霊、呪いが渦巻く、救いのないお話です。
デビュー10年を過ぎて、何か違うことをしてみたくなったということもありますが、ホラーを書くにあたって、いろいろ不思議な体験もしました。いつか、そのエピソードも披露できたらと思っています。お楽しみに!
【あらすじ】
父の影響で過剰にきれい好きになった日下部朝陽は、東京の民間清掃会社で契約社員として様々な悩みを抱えながら働いている。ある日、隣の部屋に住む佐野友笑の部屋がゴミで溢れかえっていることに気がつき、驚く朝陽。物を捨てられない友笑は、ゴミを集めてはアート作品を作っていた。二人の距離はいつしか縮まり、目の前に立ちはだかる壁をひとつひとつ乗り越えていくが──。片付けたい男と片付けられない女。正反対の二人の、未来に希望がじんっと灯る成長物語。