300年近くにわたり様々な表現者によって様々な切り口で語り継がれている「忠臣蔵」。令和の今だからこその見方で「忠臣蔵」を描いたのが、滝沢志郎さんの『雪血風花』だ。赤穂浪士の武林唯七は討ち入りの際に吉良上野介を討ち取った殊勲の人物。ただ、彼は「赤穂一の粗忽者」といわれ愛されていた男だった。そんな唯七を中心に「忠義」のために邁進しつつも「家族」のために討ち入りをためらい、「友」と肩を組み合い酒を飲む、人間らしい赤穂浪士を描いた滝沢志郎さんにお話をうかがった。

 

「武士というのはメンツの化け物なんです。そのメンツに追い込まれていったのが赤穂浪士という見方もできます」

 

──まずは新刊発売、おめでとうございます。今回の『雪血風花』は忠臣蔵という、日本人にとってはかなりメジャーな物語を滝沢さんなりの切り口、解釈で書いた作品とのことですが、本作執筆の動機についてお伺いできればと思います。

 

滝沢志郎(以下=滝沢):そうですね。赤穂浪士について書きたいというのは、もう本当にずっと前からあったんです。『忠臣蔵』にハマったきっかけっていうのがもう40年ぐらい前で、子供の頃に「年末時代劇スペシャル」っていうのをテレビでやっていて、それを見たことなんです。

 

──子供の頃にすでに『忠臣蔵』が好きだったんですね。

 

滝沢:小学2年生くらいだったと思います。殿中で刀を抜いたら切腹しなければいけない、とか、敵味方問わずに共有している約束事があるのが面白くて。その翌年くらいにNHKで『雪血風花』の主人公にした武林唯七の特集をやっていて、それも見ましたし、その番組が書籍化されたものは今回の取材でも使っています。

 

──相当にハマったんですね。

 

滝沢:はい。当時はもちろん小説家になりたい、と思っていたわけではないんですが、その後に小説を書こうと思ったときに、もし自分が忠臣蔵を書くなら武林唯七が主人公とずっと決めていたんです。ただ、忠臣蔵って小説家のなかでも、かなりベテランの方が、キャリアの集大成として書くイメージがあったので、だいぶ先になるのかな、と思っていたんですが、意外と早く書くことになってしまいましたね。

 

──そんな「忠臣蔵」好きの滝沢さんにお伺いしたいのですが、300年近くにわたり「忠臣蔵」が日本人に愛されている理由はどういうところにあるとお考えですか?

 

滝沢:そうですね、やはり単純な勧善懲悪ではなく、議論できるというところにあるのかな、と思います。浪士たちの行動は本当に正しかったのか、という議論は討ち入り直後の江戸でもあったみたいですし、そもそも浅野内匠頭はなぜ吉良に刃傷を働いたのか、その真相も定かではないです。そのあたりをみんな“語れる”というのが語り継がれてきた理由のひとつなのではないでしょうか。

 

──色々な人が色々な視点で語れるのが「忠臣蔵」というわけですね。そういう意味では、今回の作品は、今書くに値する、現代にも相通じるところがある物語になっていると思います。これまでの忠臣蔵はあくまで主君への忠義の物語、というところが色濃かったですが、本作ではそれだけではない浪士たちの姿を見ることができます。

 

滝沢:やはり忠臣蔵といえば大石内蔵助が主人公というのが定番で、リーダーを中心に忠義を果たすという感じになっちゃう。大石は家老ですし、リーダーですから逃げるわけにはいかないですが、ほかの浪士たちは逃げようと思えば逃げられたんです。実際に逃げた浪士もたくさんいましたし。では、なぜ彼らは逃げずに本懐を遂げたのか、そのあたりを武林唯七を通して描いてみたかった、というのはあります。

 

──たしかに唯七は当初はおっとりとしている「粗忽者」ですが、作中、あることをきっかけに変わってしまいます。

 

滝沢:それを象徴するシーンが終盤にかけてあるんですが、書いている自分自身でさえも「唯七がこんな行動に出るくらい追い込まれているのか……」と辛い思いがしました。唯七の気持ちが完全に仇討ちに向いているということを象徴しているシーンなので。

 

──それがどこなのかは、読んでいただいて探してもらいましょう。印象に残る場面という意味では、唯七から家族への手紙も印象的でした。

 

滝沢:唯七らしさが残る手紙ですよね。ただ、ほかの浪士たちが家族に送った手紙もそうですが、とにかく家族には申し訳ないとか哀しいとか書いているんですが、僕からすると、なら逃げればいいじゃないか、と思ってしまうんです。ただ、当時の彼等は逃げることができないくらい追い詰められていたんでしょう。

 

──そのくらい世間は「赤穂浪士はいつ吉良邸に討ち入りするんだ」と期待していた。そのプレッシャーがかなりあったということでしょうか。

 

滝沢:そうですね。武士というのは「メンツの化け物」なんです。メンツを潰されたら生きていけない。だから、僕は今回の作品を「武士道という呪い」に潰された人たちの物語としても書いたつもりです。ぜひ読んでいただければ幸いです。

 

──現代社会の「生きづらさ」や「同調圧力」にも通じる話ですね。ありがとうございます。次回作も楽しみにしています。

 

 

【あらすじ】
赤穂浪士による仇討ち。世に名高い「忠臣蔵」は主君の無念を晴らす忠義の物語として江戸時代から語り継がれてきた。しかし、その一方で、武士であることに誇りを持ち、同じ志を持つ47人の侍たちの「友情物語」でもある。吉良上野介を斬った男でありながら「赤穂一の粗忽者」として愛された武林唯七を主人公に、涙無しには読めない「友情物語」としての忠臣蔵を新鋭が綴る。