熱いハートを憎まれ口で隠し、火事も事件も救助も正面突破。消防士・大山雄大のまっすぐな言葉と行動が胸を打つ消防ミステリーが帰ってきた!
今回立ち向かうのは、火ではなく水。大型の台風が関東に上陸した夜、冠水した自宅駐車場で年輩女性が溺死した。行政解剖の結果は「事件性はなし」。だが、救助に出場した消防士の大山は、不審なものを感じて──といった内容だ。
文庫化に際し、「小説推理」2022年1月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『濁り水 Fire's Out』の読みどころをご紹介します。
■『濁り水 Fire's Out』日明恩 /大矢博子 [評]
大山雄大、四たび登場! 台風の被災地域で起きる事件に我らが豪傑消防士・雄大が立ち向かう。だが今回の相手は火ではなく水だった……!
若き消防士・大山雄大が活躍する青春社会派消防ミステリー、「Fire's Out」シリーズの第4弾である。冠がてんこもりだが、本当にこれだけ入っている──というか本当はここに「お笑い」「本格」「お仕事」「キャラ」とかも加えたいくらいだ。それほど様々な要素、様々な魅力がぎっしりみっちり詰まったシリーズなのである。2003年に刊行された第1弾「鎮火報」では配属半年、20歳の新人消防士だった雄大も、本書では28歳になった。
消防士は嫌いなのに勢いで志望してしまい、こうなったからには一日も早く事務職に異動して9時5時の生活を送りたいと願いつつ早8年。たとえどれほど本人が認めなかろうが、強靭なガタイと身体能力を持つ天性の消防士雄大が内勤に移るはずもなく、現在は特別消火中隊の一員として葛飾区の上平井消防出張所に勤務している。
ということでいつもなら、管内で起きた火災現場から事件に巻き込まれ、というパターンになるわけだが……今回はちょっと趣が異なる。雄大たちが立ち向かうのは火災ではなく、台風による水害なのだ。
台風の直撃を受け、管内各地で事故やトラブルが発生。暴風に飛ばされそうなブルーシート、アンダーパスで立ち往生する車。そして冠水した駐車場で車の下に入り込んでしまった老女の救助に向かうも……。
この手があったか、と膝を打った。これまでの3巻でも消防という職業のリアルがたっぷりと描かれてきたが、確かに消防の仕事は火災だけではない。災害時の救助もまた重要な仕事なのだ。そしてその場合、相手は自然。火災のように「気をつければ防げる」というものではない。どうしようもない事態に際し、それでも「助けられなかった」と自らを責める消防士に胸が痛む。
だが物語はそれで終わらない。事故死とされた一件に殺人の疑いが浮上する。さらに台風が過ぎた後、被災家屋を狙った工務店詐欺が横行するのだ。
人は愚かで、狡い。しかし、だからこそ消防のプロの矜持と、雄大の磊落さが救いになる。災害救助の現実、被災者につけこむ悪意、非常識な通報者、そして謎解き。今回も全方位をカバーしたエンターテインメントだ。消防士の意外な仕事に驚かされ、感嘆しているうちに思わぬ方向からサプライズが飛んでくるのでお楽しみに。
なお、本書に登場する森救急救命士の過去のエピソードについては外伝「ロード&ゴー」をどうぞ。