家康の天下取りを足軽の視点で描き、100万部を超える大ヒットとなった「三河雑兵心得」シリーズの最新第12巻が発売された。秀吉による天下統一の総仕上げとして行われた「小田原・北条攻め」である。
 徳川家の「鉄砲百人組」の組頭を務める植田茂兵衛は、主君・家康からまたまた困難な任務を命じられるが……。

 

三河雑兵心得 12 小田原仁義

 

■『三河雑兵心得 小田原仁義』井原忠政  /細谷正充 [評]

 

ついに始まった小田原征伐。鉄砲百人組を率いる足軽大将の植田茂兵衛は、徳川家康の命により困難な戦いに挑む。人気シリーズ、興奮必至の第12弾。

 

 徳川家康のもとで、雑兵から身を起こした植田茂兵衛を主人公にした、井原忠政の戦国小説「三河雑兵心得」シリーズの第12弾が登場した。今回は茂兵衛の苦闘を通じて、関白秀吉が北条氏を攻めた小田原征伐の、始まりから終わりまでが活写されている。

 小田原征伐が迫る、天正18年(1590)1月。茂兵衛は、義弟の木戸辰蔵、実弟の植田丑松、甥の植田小六と共に、小田原城の支城である山中城の物見をしていた。ところが山中城の徒歩武者に発見されてしまう。鉄砲猟師に間違われ、足軽として引っ張り込まれたのを幸いに、城の内部を調べていく。

 という「序章」から、茂兵衛の太々しい魅力が爆発。その後、山中城攻めが始まるのだが、とんでもない迫力だ。戦国ファンには周知の事実だが、戦そのものは半日で終わったものの、両軍の戦死者は2000人ともいわれる大激戦だった。しかも、さまざまな人物の思惑が渦巻いているではないか。過去の失敗を挽回しようと、やる気に逸る秀吉の甥の秀次。徳川家臣団の中で、微妙な立ち位置の井伊直政。これが戦国最後の大きな戦と思い、手柄を求める辰蔵……。人々の思惑に振り回されながら、戦いに邁進する茂兵衛の行動が痛快だ。

 ところが山中城攻めは、本書の前菜に過ぎない。メインディッシュは、やはり支城の韮山城攻めである。茂兵衛は家康から、またもや困難な命を与えられた。なるべく早く、城を開城させろというのだ。なぜなら家康は、今川時代の人質仲間であり、今は韮山城にいる北条氏規を助けたいからである。これを引き受けた茂兵衛だが、実質的な大将である、秀吉配下の武将・福島正則はやる気マンマン。敵だけでなく、味方とも対立しながら、主君の命を果たそうとする、茂兵衛の奮闘が大きな読みどころになっている。

 また、成り行きで雑兵になり、出世してきた茂兵衛は、正則との確執により、自分の武士としての“義”とは何なのか考える。その答えはラストで出るのだが、いかにも茂兵衛らしいもの。シリーズの愛読者なら、嬉しく納得することになるだろう。

 そうそうラストには、予想外の展開が待ち構えている。しかも二つだ。戦後処理の渦中で起きた戦闘による、ある人物の扱い。これに驚いていたら、さらに茂兵衛が意外な人物と再会したところで物語が終る。ああ、先が気になる。作者には一刻も早く、続きを書いてほしい。