舞台は2044年の日本。高度にAIが発展し、多くの仕事を機械がこなすようになった結果、職を失った人々が機械を打ち壊す「反機械」運動が活発化していた。そして運動の最中、暴動の首謀者と関係を持つ一人の女子大学生が機械を抱いて海に身を投げた。彼女はなぜ、憎むはずの機械と心中まがいの行動に至ったのか? その答えは、3年前から続くある人物との交流の中にあった──。
「小説推理」2023年10月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『沈没船で眠りたい』の読みどころをご紹介します。
■『沈没船で眠りたい』新馬場新 /大矢博子 [評]
あらゆるものが変わってゆく時代に、不変のものは果たして存在するのか? 残酷なまでに切ない、究極のシスターフッドSFが誕生。今年必読!
なんて激しくも切ない百合SFだろう。物語が終盤に差し掛かった頃から、身を切られるような思いに苛まれた。
物語の舞台は2044年。AIが高度に発達し、多くの仕事を機械がこなすようになった時代だ。そのため雇用が減少しているとして「反機械」を標榜する団体が機械の打ち壊しなどの暴動に及んでいた。ついに死傷者を出した暴動の中、ひとりの女子大生がある機械を胸に抱いて海に飛び込んだ。まるでその機械と心中するかのように。
救助された女子学生・奥平千鶴は反機械団体の一員であり、暴動の首謀者である有村との関係を疑われていた。警察は彼女が機械を海に不法投棄したという名目で逮捕し、有村の情報を得ようとするが……。
というのが本書の導入部である。物語はここから3年前に遡る。千鶴は幼い頃の事故で顔に傷が残り、そのコンプレックスから孤立した学生生活を送っていた。そんな時、颯爽として明るい美人の美住悠と知り合う。自分とは正反対の悠に最初は反発するが、次第にふたりは互いになくてはならない友人になっていく。しかしそんな時、悠にある悲劇が降りかかるのだ。
顔の傷が引け目となり、周囲がすべて敵とでも言わんばかりだった千鶴が悠との出会いで少しずつ開いていく様子がとてもいい。嫌われたくなくて些細な物言いにも迷ったり、励ましたくて自分に何ができるか懸命に考えたり。そして千鶴は、悠を悲劇が襲って以降、相手がいかに自分にとって替えの利かない存在であるかを痛感する。
替えが利かない、というのが本書のキーワードだ。
本書には何度も、「テセウスの船」という言葉が登場する。ある物体を構成する部品がすべて入れ替わったら、それは以前の物体と同じものと言えるか否かという有名なパラドックスだ。それを人間で考えさせるのである。
今の生活で考えてみればいい。あなたの大事な人が事故で姿形が変わってしまったり記憶を失ってしまったりしたら、それは以前の「その人」と同じ人と思えるだろうか。現在でも体の欠損は義肢で、臓器は移植で代替できる。では脳は? 記憶は? それが進んでいったら、どこまでが自分と言えるだろう。あらゆるものが機械で代替されるようになった時代を背景に、この物語は、その人をその人たらしめているものは何かを問いかけるのである。
読み終わってからもずっと、千鶴と悠のことを考えてしまう。今年必読の一冊だ。