東中野の商店街にひっそりと店を構える〈喫茶おおどけい〉。昭和レトロな喫茶店には元気で優しい老店主ハツ子と物静かな孫のハヤテが待っていて、今日も悩みごとを抱えたお客さんが訪れる。2人の温かな接客に後押しされて悩みを打ち明けると、店の大時計が鐘の音を響かせ、店内の時が昭和時代へ巻き戻る──。そんな懐かしくもほっとできる、少し不思議な小説『レトロ喫茶おおどけい』。最初の構想を思いついたという所縁ある喫茶店で撮影しながら、本作の執筆の背景を著者の内山純さんにうかがった。

撮影=川しまゆうこ 撮影協力=gion

 

今作の構想中に『大きな古時計』という曲をたまたま聴き、「レトロな喫茶店に大きな置時計があったらステキだな」と閃きました。

 

レトロ喫茶おおどけい

 

──最初に自己紹介をお願い致します。

 

内山純(以下=内山):小学校の図書室で『怪盗ルパン』シリーズを夢中で読んで以来、翻訳物を中心にミステリ、SF、クロニクル、歴史小説などを愛読してきました。一番好きなミステリはアイザック・アシモフ氏の『黒後家蜘蛛の会』、一番怖かったのは貴志祐介氏の『黒い家』、一番読み返しているのはジェフリー・アーチャー氏の『ロスノフスキ家の娘』です。

 長らくごく普通の読者でしたが、40代半ばから小説を書き出し、 51歳で第24回鮎川哲也賞を受賞して『Bハナブサへようこそ』(文庫化で『ビリヤード・ハナブサへようこそ』へ改題)で作家デビューしました。都内在住です。

 

──『レトロ喫茶おおどけい』は東中野にあるレトロな喫茶店を舞台に、店主ハツ子と悩めるお客さんの交流を描いたハートフルストーリーです。どのような経緯で生まれたのでしょうか。

 

内山:発端は、タレントの中川翔子さんが中野の喫茶店を紹介するテレビ番組を見たことです。「昭和レトロカフェっていいね!」と担当編集者さんと盛り上がり、阿佐ヶ谷の有名な喫茶店「gion」(本記事の写真撮影場所)を訪れました。フォトジェニックな店内、かわいいクリームソーダ、お客さんたちの笑顔に触れ、「こんな場所を舞台にした、心あたたまる物語が描きたい!」と構想がもくもくと……。

 ただ、私は『土曜はカフェ・チボリで』(東京創元社)というミステリ連作短編で“高校生店主がもてなす、土曜日しか営業していない広大な庭のあるカフェ”というかなり変わった設定を作ったので、今回も普通の設定では物足りないなあと……。

 

 

──普通の設定ではない、ということから「タイムトラベル」というSFの要素が出てきたのですか?

 

内山:昨年刊行させていただいた『みちびきの変奏曲』(集英社)は、若手ピアニスト角野隼斗さんの『きらきら星変奏曲』に触発されて書いたのですが、今作の構想中に、彼のアルバムに収録されている『大きな古時計』という有名な曲をたまたま聴き、「レトロな喫茶店に大きな置時計があったらステキだな」と閃きました。

 この曲について調べてみると、昭和15年に同じメロディーで『お祖父さんの時計』というレコードが出されていたのです。ジャジーで軽快でちょっと不思議。今聞いても斬新です。蓄音機から音楽が流れる店内でレトロメニューをオーダーすると、大時計が不思議な鐘の音を鳴らし、どこか別の世界に行ってしまいそう。例えば昭和の時代に──。そんなイメージが浮かび、今回のファンタジックな設定が出来上がりました。

 蛇足ですが、今作の挿入歌とも言える昭和初期の和製ジャズ5曲はYouTubeでも聞くことができますので、ぜひ読書のBGMになさってください。

 

(後編)に続きます

 

【あらすじ】
東中野の商店街にひっそりと店を構える〈喫茶おおどけい〉。昭和レトロなその喫茶店には、今日も悩みごとを抱えたお客さんが、偶然訪れる。元気で優しい老店主ハツ子と物静かな孫のハヤテ、二人のあたたかな接客に後押しされて悩みを打ち明けると、店の大時計が不思議な鐘の音を響かせ、店内の時が昭和時代へ巻き戻る。クリームソーダ、オムチキンライス、ミルクセーキ──絶品喫茶メニューと大時計がつなぐ過去が、生きづらさを感じるお客さんたちに前を向く力をくれる。懐かしくてほっとできる、五つのあたたかな物語。

 

内山純(うちやま・じゅん)プロフィール
1963年神奈川県生まれ。立教大学卒。2014年『B(ビリヤード)ハナブサへようこそ』で第24回鮎川哲也賞を受賞しデビュー(後に『ビリヤード・ハナブサへようこそ』と改題して文庫化)。彩り鮮やかな人物造形と心地良い読後感が魅力的な新鋭。他の著書に『土曜はカフェ・チボリで』『新宿なぞとき不動産』『みちびきの変奏曲』がある。