東中野の商店街にひっそりと店を構える〈喫茶おおどけい〉。昭和レトロな喫茶店には元気で優しい老店主ハツ子と物静かな孫のハヤテが待っていて、今日も悩みごとを抱えたお客さんが訪れる。二人の温かな接客に後押しされて悩みを打ち明けると、店の大時計が鐘の音を響かせ、店内の時が昭和時代へ巻き戻る──。そんな懐かしくもほっとできる、少し不思議な小説『レトロ喫茶おおどけい』。最初の構想を思いついたという所縁ある喫茶店で撮影しながら、本作の執筆の背景を著者の内山純さんにうかがった。

撮影=川しまゆうこ 撮影協力=gion

 

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ふと自分を俯瞰してみると、前に進む手段や救いの手が意外と身近にあるかもしれない。

 

レトロ喫茶おおどけい

 

──本作は店主ハツ子(88歳!)と孫のハヤテのコンビが、各話に登場するお客さんの悩みを少し軽くしてくれるといった物語ですが、おばあちゃんと孫を軸にしようと思ったきっかけを教えてください。

 

内山純(以下=内山):私、お年寄りを描くのが好きなんですよね。これまでの作品にも少々頑固だったり我儘だったりするけれど味のある高齢者をたびたび登場させてきましたが、今回はストレートに「激動の時代を生き抜いてきた元気溌剌な高齢女性」を主役に抜擢しよう、と決めました。

 彼女が熱い人物なので、“イケメンで一見クールな孫息子”をもう一人の主役に据えてみたところ、楽しい掛け合いが生まれました。ただ、不思議なんですが、書き進むうちに、この物語の真の主役は「大時計」だとわかってきました。今作は“小さな人情物語”であると同時に“壮大な純愛物語”でもあると、書き終わってから気づきました。

 

──5話仕立てで、それぞれ悩みごとを抱えたお客さんが登場します。どのように人物や悩みを設定していったのでしょうか? また、そのお客さんも、変化に弱い会社員女性、バイオリン奏者を志す小4の少年、何事も諦めがちな大学生など、バラエティ豊かです。特別に思い入れのある人物は、いましたか?

 

内山:それなりに長く生きてきましたので、異なる年代の人物設定や悩みはいろいろと浮かびます。今回は10~50代の各年代から、その世代ならではの悩みを描いてみました。育児に悩む30代女性、介護に翻弄される50代女性の話は実体験も入っていて、特に愛おしいです。赤ちゃんって、「早く寝ろ」と念じれば念じるほど寝ないのはなぜなんでしょうね(笑)。

 人って、その瞬間は目の前の苦しみしか見えていなくて、なかなか助けを求められない。でも、ふと自分を俯瞰してみると、前に進む手段や救いの手が意外と身近にあるかもしれない……そんなことに気づいていただくきっかけに、今作がなってくれたら嬉しいです。

 

──美味しそうな〈喫茶おおどけい〉のお料理や飲み物も読みどころの一つです。登場させるメニューはどのように選んだのでしょうか?

 

 

内山:昭和世代の私にとって、子供のころの外食は特別なイベントであり、レトロメニューは今も心躍るトキメキの料理や飲み物です。たくさんあって選ぶのが大変でしたが、スイーツ、食事、飲み物と、バランスよく配置することを心がけました。

 ただ「クリームソーダは絶対に出そう!」と最初に決めていましたが(笑)。表紙にも「緑のクリームソーダを描いてほしい」と担当編集者さんに無理を言ったところ、装丁事務所のアルビレオさん、イラストレーターのMIKEMORIさんが大変ステキなカバーを造ってくださいました。美味しそうで愛らしくて、本当に嬉しいです。

 

──今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。

 

内山:私は性善説派なので、「現実にはこんないい人いないでしょ」という人間をこれからも描いていきたいです。せめて物語の中では理不尽な世界を否定しておきたいなあ、と。

 題材としては、今は「紅茶」にすごく興味があり、幸いなことに「アフタヌーンティー」をテーマにした作品を角川文庫で執筆させていただいています。紅茶の蘊蓄やことわざなど、書いていても楽しい内容が満載ですので、ご興味おありの方はご期待ください。他には「月のパワー」「アロマ」「ビール」「地域の歴史」など、広く浅くアンテナを張っています。

 

【あらすじ】
東中野の商店街にひっそりと店を構える〈喫茶おおどけい〉。昭和レトロなその喫茶店には、今日も悩みごとを抱えたお客さんが、偶然訪れる。元気で優しい老店主ハツ子と物静かな孫のハヤテ、二人のあたたかな接客に後押しされて悩みを打ち明けると、店の大時計が不思議な鐘の音を響かせ、店内の時が昭和時代へ巻き戻る。クリームソーダ、オムチキンライス、ミルクセーキ──絶品喫茶メニューと大時計がつなぐ過去が、生きづらさを感じるお客さんたちに前を向く力をくれる。懐かしくてほっとできる、五つのあたたかな物語。

 

内山純(うちやま・じゅん)プロフィール
1963年神奈川県生まれ。立教大学卒。2014年『B(ビリヤード)ハナブサへようこそ』で第24回鮎川哲也賞を受賞しデビュー(後に『ビリヤード・ハナブサへようこそ』と改題して文庫化)。彩り鮮やかな人物造形と心地良い読後感が魅力的な新鋭。他の著書に『土曜はカフェ・チボリで』『新宿なぞとき不動産』『みちびきの変奏曲』がある。