2023年現在、私達の日常でもAIに触れる機会は格段と多くなり、人間雇用の減少を危惧する声も高まっている。これから先の来る新AI時代、私たちの生活が目まぐるしく変わりゆく中で、「変わらないもの」とは何なのだろうか。そんな問いかけを小説に昇華したのが『沈没船で眠りたい』だ。2044年という未来を舞台に、AI、女性同士の絆を通じて著者である新馬場新が描きたかったものとは——。執筆の背景について語ってもらった。
撮影=武田敏将
機械からの解放を目指すには、ウーマンリブから脈々と続くシスターフッドの力を借りたいと思いました。
──作品で大きく取り扱われ、現実でも今まさに多くの議論がなされているAIについてお訊ねしたいのですが、ずばり作家から見て、ChatGPTを始めとする生成AIの存在はどのようなものなのでしょうか? また、クリエイティブ領域とAIの関係性は、今後どうなっていくと思われますか?
新馬場新(以下=新馬場):あくまで個人的な感想ですが、数年先程度の話ですと、両者は仲良くやれると思っています。生成AIは作家の敵ではなく、むしろ、作業効率化を図ってくれる味方だと考えます。
また、今まで技術的な後ろめたさからクリエイティブ領域に踏み出せなかった個人も、生成AIという武器を手にどんどん創作を行い、発表していく時代になっていくことはたしかでしょう。
そうして裾野が広がっていけば、クリエイティブ領域はさらなる発展を遂げるはずで、これはとても良いことだと考えています。もちろん、こうした技術を正しく扱えるかどうかによる格差や分断の問題はありますが、やはり個人的にはポジティブな印象です。
──なるほど。創作のライバルでなく、サポートをしてくれるツールと考えることもできるのですね。
新馬場:ただ、これは現時点での話であり、五年先、十年先はわかりません。作家から仕事奪う商売敵になる可能性も、もちろん捨てきれません。ぼくも「やっぱり生成AIは悪魔の子だった」と手のひらを返しているかもしれません。
でも今現在、ぼく個人は、道を間違えさえしなければ、生成AIはそのままいいパートナーとして育ってくれると信じています。道というのは、作家自身の態度や行動もそうですが、国の政策や世論の動向も含みます。そういう意味では、未来を決めるうえで、今が一番大事な時期かもしれませんね。何事も初動が大切ですから。みんなでよく話し合い、悩み、擦り合わせて、AIと共存できる未来へ進めるといいですね。
——本作はシスターフッド小説としての側面も目立つ作品となっています。男女関係でなく、女性の連帯を物語の中心に据えたのはなぜでしょうか?
新馬場:本作では機械の打ち壊しをはじめ、作中で多くのモノやコトが壊されます。つまり、「破壊と解放」の物語の側面を持ちます。成長著しい機械という装置に抗い、共通のなにかをぶっ壊す。そうしたゴールがあるなかで、機械からの解放を目指すには、男女の関係ではしっくりきませんでした。
なので、60年代のウーマンリブから脈々と続くシスターフッドの力を借りたいと思いました。シスターフッドは元来、家父長制を筆頭とした抑圧装置の破壊を行ってきた歴史があり、とても強固でパワフルな関係性です。
——確かに、同性だからこそ築ける関係性と、そこから生まれる強さというのは作中でも印象的です。
新馬場:そんな関係性を描くにあたり、主人公である千鶴と悠には申し訳ないのですが、今回、非常に困難で、苦しい、奪われる運命を与えてしまいました。すごく純粋で、とても歪な関係を築いたふたりは、その連帯を武器に、運命や世界に抗っていきます。
読んでいただければわかりますが、ふたりは終始パワフルなわけではありません。悩みますし、弱ります。けれど、個人が絶対的にパワフルである必要もないと考えています。人は揺れ動く生き物です。誰であっても、弱くていいし、強くてもいい。肉体的な強さを発揮するのも、精神的な弱さに打ちひしがれることがあってもいい。そのどちらも正しいのです。
ただ、ふたりを繋ぐ連帯だけは、ゆらぎなくパワフルであり続けます。誰かひとりでも頼れる人間がいる。共通の敵のために、手を握ることができる。その安心感こそが、世界に対する強い力を発揮します。連帯によってもたらされる力の発揮こそが、本作でシスターフッドを主軸に据えた意味であると考えています。
本作では強固な連帯を築いた主人公のふたりが、機械の打ち壊しが進む世界のなかで、破壊と解放を志します。しかしもちろん、やみくもにぶっ壊していいというわけでもありません。強さは無制限に行使されていいものでもない。本作では破壊の代償についても触れつつ、シスターフッドの強さを描く挑戦を行いました。
——最後に、本作を手に取ってくれる読者にメッセージをお願いします。
新馬場:もちろん、SFファンやシスターフッドに興味のある方をはじめ、幅広い層に読んで頂きたいと思っていますが、クリエイターの方々、特にこれからクリエイターになりたいという方々にも、是非読んでもらいたいと思っています。やはりクリエイターを志す人たちの中には、ChatGPTや画像生成系のAIといったものにある種の怯えを感じる人も少なからずいると思うので、その方たちがどうやってテクノロジーと付き合っていけばいいか考える時、この本がひとつのきっかけになってくれればいいな、という風にも思いますね。
【あらすじ】
加速度的に発展するAIによって、人間の就く職が減少することを憂いた人々が機械の打ち壊し運動を起こす最中、首謀者と関わりを持つ一人の女子学生が機械を抱いて海に飛び込んだ。彼女はなぜ、機械と心中まがいの行動に至ったのか──? 絶えず変化していく世界を、その中に生きる人間を、変わらずに愛することが出来るかを問う、慟哭のシスターフッドSF!
新馬場新(しんばんば・あらた)プロフィール
1993年神奈川県生まれ。明治大学法学部卒業。2020年『月曜日が、死んだ。』にて第3回文芸社文庫NEO小説大賞を受賞しデビュー。2022年『サマータイム・アイスバーグ』で第16回小学館ライトノベル大賞優秀賞を受賞。他の著書に『町泥棒のエゴイズム』(文芸社文庫NEO)、『グッバイ、マスターピース』(双葉文庫)。