映画字幕翻訳の第一人者、戸田奈津子が語る自伝ノンフィクション。戦争体験、長い下積み、ハリウッドスターとの華やかな交友……。人生のほとんどを“映画=夢”に捧げ、現在も走り続けるスーパーウーマン。昨年通訳引退を宣言したが、字幕は「トップガン マーヴェリック」も手掛け、まだまだ現役。これまで語られることのなかった素顔とは? 2014年に刊行された単行本に加筆修正を加え、待望の文庫化。

 

■2022年に通訳を引退。彼女の「夢」はあくまでも字幕翻訳なのだ。

 

 昨年、通訳を引退した戸田奈津子さんだが、“本業”の字幕翻訳の仕事はまだまだ現役だ。今年公開の映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』や『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』の字幕も手掛けている。

 戸田さんの著書『Keep on Dreaming』では、上記2作で主演を務めるハリソン・フォード、トム・クルーズをはじめ、戸田さんと親交の深いリチャード・ギア、ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムズといった俳優たち、恩師フランシス・フォード・コッポラやスティーブン・スピルバーグなどの監督との知られざるエピソードもたっぷりと語られている。

 昭和・平成・令和と半世紀にわたって「字幕」と「通訳」の“二刀流”で活躍してきた戸田さんが、通訳を引退すると発表したのは2022年のこと。『遥かなる大地へ』での初来日以来、30年に渡り親交があるトム・クルーズからは、「本当に辞めるの? すごく困る」とも言われたそうだ。だが、「通訳を“本業”と思ったことはない」と打ち明ける彼女の「夢」はあくまでも字幕翻訳なのだ。

 1936(昭和11)年生まれの戸田さんは、トム・クルーズと同じ7月3日が誕生日で今年87歳になった。

「もののない不自由な戦争中に生まれ、狭い環境で育ち、終戦によって押し寄せてきた外国の美しいものに魅了され、1枚の白いスクリーンを通して、まったく異なる世界へ一気に飛びました」と、映画との出合いを語る。戦後の食料不足の中いつもお腹を空かせ、焼け野原となった東京で“美しいもの”に飢えていた。そんな状況下で観た華やかな外国映画の世界に言い尽くせないほどのカルチャーショックを受けたという。

 戦争中は「敵は《鬼畜》」ということで、英語は一切禁止、話すことはもちろん、接する機会すらなかった。初めて英語を習ったのは中学生になってからで、留学経験はおろか、海外旅行の経験もなかった。そんな彼女がいかにして英語を学び、通訳の仕事に就き、「字幕翻訳者になる」という“夢”を掴んだのか。

 戦争に翻弄された少女時代、激動の時代に映画を追い続けた青春時代、字幕翻訳者になる「夢」を追い続けた約20年に及ぶアルバイト時代、40歳を過ぎてから夢を掴み、年間50本もの字幕翻訳をこなした洋画黄金時代…。生涯独身を貫き、人生のほとんどを大好きな映画に捧げて一途に「夢」を追い続けた戸田奈津子さん。本書『Keep on Dreaming』で、その波乱万丈な人生に触れてみてはいかがだろうか。