西原理恵子さん推薦! 朝日新聞、読売新聞、日経新聞、NHKラジオ深夜便など15以上のメディアで紹介された話題のシニア小説が文庫化されました。たとえ問題山積の家族であっても、軽やかに楽しく過ごす秘訣が満載の物語。読めば、きっと悩みも迷いも晴れて、街へと繰り出したくなるでしょう!

「小説推理」2021年2月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『じい散歩』の読みどころをご紹介します。

 

 

 

■『じい散歩』藤野千夜  /大矢博子[評]

 

夫婦はともに90歳間近、息子たちはアラフィフ、未婚、パラサイト。それでも新平は今日も元気にてくてく歩く。充実した人生の秘訣、ここにあり!

 

 夫、明石新平、89歳。妻、英子、88歳。

 3人の息子はいずれも独身で、高校以来引きこもりを続ける52歳の長男と、事業を潰しては親にたかる48歳の三男は今も両親の家に暮らしている。

 うわあ、大丈夫かこの家族は、と天を仰ぎたくなるが、これが実にユーモラスに綴られるのだ。

 新平は毎日、ルーティンの体操と朝食を済ませたあと、散歩にでかける。経営しているアパートの一室を事務所にしており、そこまでの道すがら本屋を覗いたり建物を鑑賞したり。馴染みの喫茶店でゆっくりコーヒーを味わい、家の食卓には出てこない洋食を楽しむ。自分一人の城である事務所には昭和から溜め込んだエロ系雑誌やグラビアなどの自慢のコレクションが鎮座する。

 悪くないじゃないか。

 アラフィフの長男と三男はいまだに自活できず、妻には認知症の兆しがある。悲惨な状況のはずなのに、新平の散歩はあらゆることに楽しみを見出し、実に充実している。いいなあと思えてしまうのだ。さらに物語を軽やかにしてくれるのが、次男(というか長女というか)の存在だ。心は女性の次男だけは何くれとなく心配してくれる。

 そんな日々の描写の間に挿入されるのは、新平のこれまでの人生。結婚を反対されたことや、召集された日々のこと。家出する形で上京し、英子とその姉の家に転がり込んだこと。勤め先を見つけ、独立し、好景気に乗って手を広げ、けれどその反動も味わい、やがて事業を畳み……。

 人生とは、なんと平凡で、そしてなんとドラマティックなのだろう。衝撃的なラストを含め、辿ってきた道に対するその執着のなさが心地いい。

 はたから見れば問題山積の家族なのに深刻にならずにいられるのは、新平の性格故だ。読みながら気づいた。彼は家族であろうと、自分の思い通りにならない相手を責めない。いや、そもそも人を自分の思い通りにしようという発想がない。その時その時で自分にできることをして、できないことはしない。自分が死んだあとパラサイトの息子たちがどうなってもそれはしょうがない。冷たいのでも諦めでもなく、弁えているということなのだ。

 すっと気が楽になった。両手で持てる以上のことを思い悩んでどうなるだろう。日々の憂さもストレスも、新平爺なら「かっ」と笑って一蹴してくれるに違いない。まずは新平と一緒に歩いてみよう。