『いなくなった私へ』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞して以降、数々のミステリーを精力的に執筆し、22年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した辻堂ゆめ氏が、このたび最新刊『サクラサク、サクラチル』を上梓した。本作は東大合格を熱望される高校3年生が主人公の受験青春ミステリーだ。受験の中で歪んでいく親との関係、クラスメートの少女と心を通わせる青春風景、何者かからの嫌がらせ──一筋縄では行かない展開の先には恐るべきどんでん返しとカタルシスが待ち受けている。
 これから受験に挑む10代も、大人になったかつての受験生も、子を持つ親御さんも、必ず心に刺さるシーンがあるだろう。

「小説推理」2023年9月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『サクラサク、サクラチル』の読みどころをご紹介します。

 

サクラサク、サクラチル

 

サクラサク、サクラチル

 

■『サクラサク、サクラチル』辻堂ゆめ  /細谷正充[評]

 

東京大学合格のため、過剰な勉強を強いられている少年と、貧困家庭でネグレクトされている少女。ふたりの親に対する《復讐計画》は、どこに向かうのか。

 

 もし「毒親ミステリー・ガイドブック」なんてものがあったら、辻堂ゆめが「小説推理」に好評連載したこの作品は、間違いなく掲載されるだろう。それほど本書に登場する、主人公の両親は強烈である。

 進学校に通う高校3年の染野高志は、成績が下がったことで体調を崩した。このとき高志に声をかけたのが、同じクラスの星愛璃嘉だ。といっても親しいわけではない。高志は勉強に必死で、学校に友達がいない。愛璃嘉は、入学時から無断欠席や遅刻・早退を繰り返し、誰とも言葉を交わしていない。それなのになぜ、愛璃嘉は高志に声をかけたのか。自分と同じ匂いがしたからだと彼女はいう。

 高志は両親に生活を管理され、勉強を強いられている。両親は不満があれば暴力を振るう。高志の言動や、体の傷から虐待を見抜いた愛璃嘉は、まるで名探偵のようだ。しかし彼は、愛璃嘉の指摘を認められない。二度の東大受験失敗で姉が引きこもりになった姿を見ても、今の自分の暮らしが当たり前だと思っているのだ。

 一方の愛璃嘉は、母子家庭で育ってきた。自分にベッタリ寄りかかる母親の世話をする生活を受け入れている。だがそれは早い段階で、人生を諦めたからだ。そんなふたりだが、話を重ねるうちに、自分たちが虐待されていることを認識。クラスで埋没している少年と、浮き上がっている少女は《復讐計画》を練り始めるのだった。

 本書を手に取る人は、ちょっと覚悟を決めてほしい。なにしろ虐待を受ける高志の描写と、追い詰められる彼の心が、克明に描かれていくからだ。東大卒を自慢する父親と、その妻である母の、高志への虐待は、リアルすぎて胸糞が悪くなる。それでも読み進めてしまうのは、 話が面白いからだ。愛璃嘉との会話で明らかになる、ちょっと意外な事実。これが高志の両親の言動が虐待であることを、あらためて印象付ける。また高志に送られてくる、嫌がらせメールの犯人の正体も気になる。サプライズや謎をちりばめ、読者をグイグイ引っ張っていくのだ。

 ではふたりは、どのような《復讐計画》を実行するのか。予想外の展開に驚いた後、全貌が明らかになる。ここから先は詳しく述べるわけにいかないが、ラストで愛璃嘉が高志にいう言葉に、作者が読者に伝えたかったメッセージが込められている。どの年代の人が読んでも楽しめる作品だが、特に若い人にお勧めしたい。生きるうえで大切なことを、この物語は教えてくれるのだ。