『いなくなった私へ』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞して以降、数々のミステリーを精力的に執筆し、22年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した辻堂ゆめ氏が、このたび最新刊『サクラサク、サクラチル』を上梓した。本作は東大合格を熱望される高校3年生が主人公の受験青春ミステリーだ。受験の中で歪んでいく親との関係、クラスメートの少女と心を通わせる青春風景、何者かからの嫌がらせ──一筋縄では行かない展開にページを繰る手が止まらないだろうが、その先には恐るべきどんでん返しとカタルシスが待ち受けている。自らも実際に東大受験を経験した著者だからこそ描けるリアリティに満ちた本作はどのようにして生まれたのか、辻堂氏にお話を伺った。
受験期に犠牲にしたものについて、今でもふと考える
──『サクラサク、サクラチル』は親から東大合格を熱望される高校三年生の高志が、親からネグレクトを受けているクラスメート・星と出会い、2人が親への《復讐計画》へと突き進んでいく様子が描かれる受験青春ミステリーです。どのようなきっかけで本作を執筆されましたか?
辻堂ゆめ(以下=辻堂):きっかけは一つではありませんが、一番印象的だったのは、明らかに歪な関係性の母娘と、偶然ファミレスで隣同士に座ったときのことです。私が大学を卒業したばかりの頃、休日に出先で時間をつぶそうとファミレスに入ると、隣に問題集を広げた母娘が座っていました。母親が「この分数は違うでしょ!」「どうやったらこの答えになるのよ!」と不機嫌な怒声を上げ続けていて、小3か4くらいの娘は終始無言で無表情。私は鞄から小説の文庫本を取り出していたのですが、一方的に責め立てられてばかりで感情の色が一切見えない少女のことが気になって仕方なく、ファミレスに滞在していた小一時間、最後まで読書どころではありませんでした。あのときのことは今でも心に引っかかっています。他には、2016年、2018年と立て続けに発生した「名古屋小6受験殺人事件」や「滋賀医科大学生母親殺人事件」のニュースに触れた影響も大きかったと思います。
──辻堂さんご自身も東京大学を卒業されており、作中の高志の受験勉強の描写はまるで読み手も受験を経験しているかのようなリアルさを感じました。今回東大受験に挑む主人公を描くにあたって、辻堂さんにどのような思いがありましたか?
辻堂:受験勉強については、やはり当時のことを振り返りながら書きました。高志と状況は違えど、私も予備校には行かず、いつも自宅で勉強していたので、そのあたりの描写はリアルかもしれません。個人的には、受験期にはもう二度と戻りたくありません。勉強自体もそうですし、そのために犠牲にしたことまで含めて、あんな思いをする必要はあったのだろうかと、今でもふとしたときに考えたりします。当時は未熟で視野が狭いので、自分で進路を選択したつもりでも、実際は周りに流されていたりするんですよね。難しいです、とても。
──高学歴で誰にも自慢できる息子であることを強要する高志の両親とは対照的に、星の親は育児を投げだし家事全般を娘に押しつけるといったネグレクトを行います。今作でそれぞれの親の存在を描いてみていかがでしたか。
辻堂:虐待というのは昔から手垢のついた題材なので、自分があえて書くことはないだろうと思っていました。こういう形ならば、という方向性が今回見つかって、作品として仕上げることができてよかったです。「毒親」だとか「親ガチャ」だとか、昨今、そういった言葉が世の中に浸透しています。親子関係というのは、多かれ少なかれ人が普遍的に思いを馳せる対象なのだと、この作品を書きながら改めて感じました。
(後編)に続きます
【あらすじ】
“絶対に東大合格しなさい”──それは愛、だったのだろうか。
両親の熱烈な期待に応えるため、高校3年生の染野高志は勉強漬けの日々を送っていた。ある日、クラスメートの星という少女から、自身をとりまく異常な教育環境を「虐待」だと指摘される。そんな星もまた、自身が親からネグレクトを受けていることを打ち明ける。深く共鳴した2人はやがて、自分たちを追い詰めた親への《復讐計画》を始動させることに。教室で浮いていた彼女と、埋もれていた僕の運命が、大学受験を前に交差する。驚愕の結末と切なさが待ち受ける極上の青春ミステリー。
辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)プロフィール
1992年、神奈川県生まれ。東京大学卒。2015年『いなくなった私へ』で第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、デビュー。22年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞受賞。著書に『僕と彼女の左手』』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『十の輪をくぐる』『君といた日の続き』『答えは市役所3階に 2020心の相談室』などがある。