『いなくなった私へ』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞して以降、数々のミステリーを精力的に執筆し、22年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した辻堂ゆめ氏が、このたび最新刊『サクラサク、サクラチル』を上梓した。本作は東大合格を熱望される高校3年生が主人公の受験青春ミステリーだ。受験の中で歪んでいく親との関係、クラスメートの少女と心を通わせる青春風景、何者かからの嫌がらせ──一筋縄では行かない展開にページを繰る手が止まらないだろうが、その先には恐るべきどんでん返しとカタルシスが待ち受けている。自らも実際に東大受験を経験した著者だからこそ描けるリアリティに満ちた本作はどのようにして生まれたのか、辻堂氏にお話を伺った。

 

前編はこちら

 

私にとって書くのに勇気が要る作品でした

 

──星と高志は親への《復讐計画》を練りますが、話す内容は物騒でありながら、どこか青春のワンシーンのような充足感があります。高志と星は「同志」であるお互いと出会ったことで自分自身の人生を見つめ直していきますが、この2人の関係をどのような思いで描きましたか。

 

辻堂ゆめ(以下=辻堂):2人が会話する間中、新しい化学反応が起こり続けるような、そんなイメージで書きました。2人がともに過ごすシーンの執筆中は、すべてを文章に収めるのが難しく感じられるくらい次々と台詞があふれてくるので、私自身充実感がありました。作中にも書きましたが、高志と星さんは互いにとっての鏡のような存在です。自分のことは見えなくなっていても、他人のことなら理解できる。2人一緒なら、勇気ある一歩を踏み出すことができる。そんな関係って、理想だと思います。

 

──後半で明らかになる《復讐計画》の全貌には驚かされました。エピローグの余韻の高志と星の人生は続いていきますが、本作を描き終えて辻堂さんに何か変化はありましたか。

 

辻堂:自分の中でもやもやとしていたものが、綺麗に整理されて、昇華されたような心地になりました。連載最終回の原稿提出後も、1か月くらいはこの作品の余韻を引きずっていて、そんな執筆体験は初めてだったように思います。知らず知らずのうちに、“あの頃の自分”をどこかに投影していたのかもしれません。この作品は、私にとっても救いの一冊となったような気がします。

 

──作中で星と高志が「幸せ」について語りあう場面がとても印象的です。辻堂さんの考える「幸せ」はどのようなものですか?

 

辻堂:作中で星さんが話してくれたとおりです。少し補足するならば、「幸せ」は多くても少なくても、大きくても小さくても、どちらでもいい。だけどそれらが生活の中に確かに存在していることが、一番大切なのではないかと……今のところは、そんなふうに思っています。

 

──これから読む読者へメッセージをお願いします。

 

辻堂:『サクラサク、サクラチル』は、私にとって、書くのに勇気が要る作品でした。主人公の高志と、ヒロインの星さん。まるきり正反対なような、でもやっぱり似ているような、そんな2人の行く末を、手に汗握りつつ見守っていただけたら嬉しいです。

 

──ありがとうございました。

 

【あらすじ】
“絶対に東大合格しなさい”──それは愛、だったのだろうか。
両親の熱烈な期待に応えるため、高校3年生の染野高志は勉強漬けの日々を送っていた。ある日、クラスメートの星という少女から、自身をとりまく異常な教育環境を「虐待」だと指摘される。そんな星もまた、自身が親からネグレクトを受けていることを打ち明ける。深く共鳴した2人はやがて、自分たちを追い詰めた親への《復讐計画》を始動させることに。教室で浮いていた彼女と、埋もれていた僕の運命が、大学受験を前に交差する。驚愕の結末と切なさが待ち受ける極上の青春ミステリー。

 

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)プロフィール
1992年、神奈川県生まれ。東京大学卒。2015年『いなくなった私へ』で第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、デビュー。22年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞受賞。著書に『僕と彼女の左手』』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『十の輪をくぐる』『君といた日の続き』『答えは市役所3階に 2020心の相談室』などがある。