女による女のためのR-18文学賞大賞作家が今回テーマに選んだのは、中高年世代の恋愛。2人の恋愛の行く末を描きながら、50代女性が直面する様々な事柄──更年期、親の介護、女友達とのいざこざ、会社での昇進問題、定年後の生活などについても、筆は及んでいます。「心に刺さりまくった!」とシニア女性読者の共感の声が広がっている、著者初の長編小説です。
「小説推理」2023年8月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューで『今日の花を摘む』の読みどころをご紹介します。
■『今日の花を摘む』田中兆子 /門賀美央子[評]
私の人生は私のもの。人生百年時代、もう半分は過ぎたけれど、まだ半分も残っている女性たちが本当の“多様性”を見せてくれる爽快女性小説
「花を摘む」と聞くと私なんぞは登山の隠語の方が頭に浮かぶわけだが、本作の主人公・愉里子には“かりそめの恋”を意味する。意にかなう男性には積極的にアプローチしセックスに及ぶが、長続きは求めない。つまり愉里子はいにしえの言葉で「発展家」、今どきなら「ビッチ」。とはいえ彼女、見た目は随分地味らしい。お顔立ちは純然たる和風のようだし、花摘み以外の趣味は玄人の領域に入っている茶道である。そして何より、年齢が51歳なのだ。
この設定を見た瞬間、私は目が点になった。あれま、私と同い年じゃないの。さらに独身で出版従事者となれば、プロフィール的にはかなり重なる。だから愉里子の言動には共感しまくり! だったかというと、そうでもない。むしろ、花摘みに精を出す気持ちが欠片もわからなかった。ネットで出会い、実際に面会し、ベッドに引きずり込む。その労力を考えるだけで私ならうんざりする。だが、そんな重なるようで重ならない人の物語だからこそ引き込まれた。まるで隣の晩御飯を覗くような、ちょっと下衆な興味をエンジンにしながら。
愉里子は今日の花をこまめに摘みつつ、70歳の渋いイケオジイにまじめな恋をする。一方で親の介護や部下が被害者になったセクハラ問題にも直面する。現代女性らしい忙しなさだ。同じ出版社の編集者・モリジュンや良家のパーフェクト奥様・留都など、愉里子以外の登場人物もみんなそれぞれ大変そうである。でも辛気臭さや悲壮感は一切ない。みんな自分に正直だから。特に留都。物語の終盤に彼女がとったある選択は、私にとっては第2の、目が点ポイントになったけれども、同時に爽快この上なかった。
とにかく、彼女たちは素晴らしい。みんな言い訳せず、自分軸で生きている。だから、いざとなったら肝が据わるし、女同士の連帯もできる。
現役の51歳として、私たち世代は前世代に比べるとはるかに多様な人生を送っているのを実感する。それは、近代以来、葛藤し、闘ってきた先輩女性たちがくれた贈り物だ。目に見えないバトンリレーの末に、今の私たちがいる。ならば私たちもまた、次世代によりよいバトンを渡さなければならない。その最善策は一人ひとりが自分の人生を生ききること。ラスト、愉里子が下した決断は、まさにその最善策だった。最初は異物のように感じられた愉里子が、最後は得難き友となった。愉里子の生き方は現代人への福音。ぜひ耳を傾けてほしい。