テレビ番組制作会社で忙しく働く浅生霧歌は、深夜の料理番組『マヨナカキッチン』のアシスタントプロデューサー。誰かの心に残る番組を作りたいと仕事に奔走する浅生だが、不機嫌な出演者、ロケでの連絡ミス、深夜におよぶ編集作業……番組制作の現場にはトラブルが付き物だ。そんな時、浅生は得意の時短料理でいざこざを解決していく! 明日からちょっとご飯が作りたくなる、お仕事×お料理ストーリー!
書評家・松井ゆかりさんのレビューで『マヨナカキッチン収録中!』の読みどころをご紹介します。
■『マヨナカキッチン収録中!』森崎緩 /松井ゆかり[評]
大変な仕事も悩ましい人間関係も、おいしいご飯があればなんとかなる! キッチンバサミひとつでさっと調理し、すぐ食べられるメニューは、多くの人を笑顔に!
「女の子はきちんとした料理が作れないと」「結婚して子どもを育ててこそ一人前」などの画一的な価値観しか存在しなかった時代にくらべたら、私たちははるかに多くの選択肢を手にするようになった。しかし、数多くの中から選べるがゆえにかえって迷ってしまうのもまた事実ではないだろうか。
本書の主人公・浅生霧歌も、まさにそのような悩みに直面してきた。霧歌は現在35歳で、職業は番組制作会社のアシスタントプロデューサー。テレビ関係の仕事は華やかにみられがちだが、番組制作は基本的に地味な業務だ。私生活では、母が早くに亡くなって以来、8歳下の妹・華絵を支えてきた。現在華絵はすでに社会人で、同棲中の彼氏と結婚がきまるという順風満帆ぶり。一方霧歌は、もちろん妹の幸せを心から祝福しているものの、我が身を振り返ると彼氏もいなければ当然結婚の予定もない……といった状況に焦り始めているところ。
そんな霧歌の特技は時短料理。しかも、包丁を使わずキッチンバサミを駆使して作るのがすごい。しかし、その料理法もまた、霧歌にとってのコンプレックスとなっている。亡き母は『みっともない、ちゃんと包丁を使いなさい』と口にしていた。母が亡くなったため「元気になったら料理を教えるから」との約束が果たされなかったことが、よけいに霧歌にとってわだかまりとなっているに違いない。
霧歌が現在担当しているのが、『文山遼生のマヨナカキッチン』という深夜枠のグルメバラエティー。文山は容姿と実力を兼ね備えた俳優で、料理を得意としている。彼が食材の買い出しをしたり、自身で考案したレシピ(どれもおいしそう!)に従って調理したりする様子が売りの料理番組だ。しかし、初回の視聴率はいまひとつぱっとしなかったうえ、文山はスタッフたちに対してもよそよそしい態度を崩さない。実は文山は過去に人気女優とのスキャンダルを起こしており、この8年間芸能界を干されている状態だった。それでも、なんとかいい番組にしていきたいと意気込むスタッフたち。まずは手始めに、文山が番組で調理したメニューを実際に霧歌が作ってみて、その写真を番組ホームページにアップすることに。果たして番組の行く末は。そして霧歌は仕事もプライベートも充実させることができるのか。
仕事が忙しい時期は、どうしても食生活が疎かになりやすい。じっくり時間をかけて作ったものをゆっくり味わうのも料理の醍醐味だけれど、思い立ったらさっと調理できてすぐ食べられるメニューにも格別のありがたみがある。それをキッチンバサミひとつで実現できるのだから、霧歌はもっと自信を持っていい。
「仕事も恋も」と多くを求めるのは決して悪いことではないが、「こうあるべき」という固定観念に囚われて、自分がほんとうはどうしたいのかを見失うのはもったいない。霧歌は仕事にやりがいを感じているのだし……と思っていたところへ、恋愛小説的展開が! 「仕事も恋も」を求めるのは、読者のみなさんも同じかも? これは続編に期待。