世の中、意外と「怪談好き」という方は多いもので、実は本書の著者もそんな一人。日常のすきまに起こった怪異や奇妙な体験談、いわゆる「実話怪談」を集めた本書には「編集者から聞いた本当に怖い話」など、作家の日常ならでは怪談が満載なのだとか……。

「小説推理」2023年7月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューで『怪談青柳屋敷』の読みどころをご紹介します。

 

 

■『怪談青柳屋敷』青柳碧人  /門賀美央子[評]

 

「趣味は怪談」というミステリ作家が手掛けたジャンル愛あふれる実話怪談集。定番系から怪奇珍妙な話まで取り揃えたお化け屋敷、ここにオープン!

 

 ミステリ作家が怪談本を出した。それもいわゆる“実話”怪談だという。作家の名は青柳碧人。『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』など、妙ちきりんなタイトルの捻った作品を出している人である。よって、怪談でもやはりひと捻りふた捻りするのかと思いきや、ごくスタンダードな聞き書き再話タイプらしい。しかも劈頭を飾る1話目のタイトルが「霊道に住む」なのを見て、私は思った。「わりとフツーなのかな」と。

 著者は相当な怪談好きだそうだが、私も大概だ。物心つくやつかぬうちから実話創作問わずお化け話を読み続け、いい加減年季が入っている。そんな私にとって、「霊道」「オーブ」などのオカルト用語が入る怪談は十中八九、ピンとこない。話が類型化するからだ。実際、「霊道に住む」からの冒頭数話はふ〜んで終わってしまった。

 ところが、第2章あたりからなにやら様子が変わってきた。少しずつ「変な話」が増えはじめたのだ。怪談で「変な話」とはこれいかに、と思うかもしれないが、先述した通り実話ものはどうしても似た話が多くなる。だが佳作は違う。尋常ならざる流れに脳が混乱を来し、アドレナリンを噴出する。これが快感なのだ。同じ怪談でも創作系は平凡な筋も書き手の技量次第だが、実話は「なんだこりゃ、こんなの聞いたことないぞ」と瞠目させたら大勝利、というジャンルだ。そのため、ネタの収集力だけでなく、選別眼と捌き方が強くものをいう。話の並び順も大切だ。今回は後にいけばいくほどよきネタを置いて、読者を本書ならではの怪談世界へと巧みに誘導している。私も3分の1が過ぎたあたりで最初の懸念はどこへやら、第5章にたどり着いた頃には夢中で読んでいた。

 本作は6章立てで、タイトルに引っ掛けて各章「玄関」「中庭」など間取りに模した章題が付けられている。うち、出色は身近な編集者たちから聞いた話を集めた第5章「書斎」の諸作であろうし、第6章「歪んだ茶室」は怪談に興味がない向きでもきっとおもしろく読めるはずの逸品奇談が並ぶ。だが、個人的に1番興味深かったのは第4章「遊戯室」だった。この章は著者自身の体験談パートだが、なかなかどうして粒ぞろいなのだ。何より臨場感がいい。また、「クローゼット」と称するコラムもよかった。確かな書きっぷりの実話怪談作家が思わぬところから登場したなんて、業界にとっては僥倖だ。次回作を大いに期待するところである。