『仮面病棟』『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』など、衝撃のミステリーを毎年のように刊行している知念実希人氏が新たな分野に挑戦した。医療ミステリーの第一人者が医学と生物学の知識を活かし、まったく新しい理系ミステリ-として送り出す本作。

「小説推理」2023年7月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『ヨモツイクサ』の読みどころをご紹介します。

 

ヨモツイクサ

 

ヨモツイクサ

 

■『ヨモツイクサ』知念実希人  /細谷正充[評]

 

黄泉の森には気をつけろ。“ヨモツイクサ”と呼ばれる何かがいる。人気作家・知念実希人が初めて挑んだバイオ・ホラーは、恐怖と驚きに満ちている。

 

 天才医師を探偵役にした「天久鷹央」シリーズ、映画化された『仮面病棟』、「新本格」への愛を爆発させた『硝子の塔の殺人』などの作品で、知念実希人は何度も読者を驚かせてきた。作者初のバイオ・ホラーである本書も、恐怖だけでなく、ミステリーの驚きに満ちている。新たな領域に挑みながら、作者らしさの発揮された秀作といえるだろう。

 北海道の大雪山国立公園に近い山奥で、リゾート施設の工事をしていた六人の作業員が消えた。現場は“ヨモツイクサ”と呼ばれる『何か』がいるという禁域・黄泉の森だ。道央大学医学部付属病院の外科医局に所属している佐原茜は、この事件のことを、旭川東警察署の小此木劉生から知らされる。それには理由があった。今回の神隠し事件の近場で、7年前に『美瑛町一家神隠し事件』が起きていたのだ。消えたのは茜の家族である。そして家族のひとりで、茜の姉で警官の椿は、小此木の婚約者であったのだ。

 警察は、今回の神隠し事件を羆の仕業と考え、猟友会と刑事を派遣。その中に、茜と縁の深い、羆猟を生業とする鍛冶誠司もいた。アサヒと呼ばれるヒグマを追う鍛冶も、重い過去を抱えているらしい。やがて小此木と鍛冶は、黄泉の森で、思いもかけない事態に遭遇する。

 というストーリーは、ここから予想外の連続になる。何も知らないで読むのが一番いいので詳しく書かないが、第2章で病院がメインの舞台になると、一気にバイオ・ホラー度が増す。新たな科学や医学の知識を使って、正体不明のヨモツイクサに迫っていく過程は、心の底からワクワクさせられる。一方で、物語に流れる不気味な圧迫感と、物理的な脅威は特筆もの。これは怖い、怖すぎる。まさに新時代のバイオ・ホラーなのだ。

 さらに第3章で、再び黄泉の森がメインになると、茜・鍛冶・小此木の3人と、ヨモツイクサの激しい戦いに突入する。羆よりも凶悪な相手と、死闘を繰り広げるのだ。驚くべきは、その合間に、謎解きが行われること。ああ、本書はバイオ・ホラーであると同時に、特殊設定ミステリーでもあったのか。ホラーとミステリー、どちらのジャンル読者も満足できる、ハイブリッドな作品なのだ。

 と感心していたら、最後の最後に、特大のサプライズが控えていた。実は途中の展開に、ちょっと引っ掛かる部分があったのだが、きちんとした理由があったとは! 知念実希人、やはりとんでもない作家である。