店主が旅先で出会った世界各国のお菓子や飲み物を提供するカフェ・ルーズ。しかしコロナ禍の影響を受け、営業形態の変更を余儀なくされ、旅にも出づらくなってしまう。なんとか営業を続けるカフェでは、甘くはない現実の問題をスイーツで解決していく……。

 人気を博した前作『ときどき旅に出るカフェ』につづくシリーズ第2弾。「こんなカフェに行きたい!」の声が多数のコージーミステリです。

「小説推理」2023 年6 月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『それでも旅に出るカフェ』の読みどころをご紹介します。

 

それでも旅に出るカフェ

 

 

■『それでも旅に出るカフェ』近藤史恵  /大矢博子[評]

 

旅と料理の人気小説に続編登場! あのカフェが帰ってきた──と思ったけどなんだか様子が違うぞ? コロナ禍がカフェと瑛子にもたらしたのは……。

 

 月の3分の1を休んで各地を旅行し、そこで出会った料理やお菓子を提供してくれるカフェ・ルーズ。聞き慣れない名前や見慣れないレシピにわくわくし、一口食べれば心はカフェを飛び出してその国に飛ぶ──。

 あのカフェ・ルーズが戻ってきた。第2弾である。今回も前作に負けず劣らずさまざまな珍しい料理やお菓子がたくさん登場し、見たい食べたい味わいたいという底なしの欲望を刺激してくれる。

 語り手は引き続き、カフェ・ルーズの店長・葛井円の友人にして店の常連でもある奈良瑛子。前作ではカフェの客や瑛子の知り合いが持ち込む謎を円が解き明かすミステリの趣向を持ちつつ、物語の主眼は、国によって料理が違うように自分の考える「普通」は絶対ではないというテーマにあった。今回もそのテーマは踏襲しているが、ミステリ色は薄めだ。客達が抱えた事情を解きほぐす、その優しさが前面に出ている。

 これがいいんだなあ! やりたいことがみつからない若者、外国に住む姉が気がかりな女性もいれば、姉との折り合いが悪い女性もいる。友人の間にある権力勾配、ホームパーティのビーガン料理に悩む女性、女性を当たり前のように下にみる男性……あるある、と強く頷いてしまうようなエピソードに、読者は一緒になって悩み、怒り、そして解決に安心する。前作同様の、信頼と実績の読み心地。

 だが、前作とは決定的に違うことがある。それがタイトルの「それでも」だ。続編なら「ふたたび」とかってつけそうなものなのに「それでも」である。

 理由は簡単。本書の背景にはコロナ禍があるからだ。旅に出たくても出られなかった、あの時期が背景だからだ。円も旅はできないし飲食店の営業にはさまざまな制限があった。瑛子も外食は控えている。そして各編に登場する客たちの事情も多くは、動きがとれなかったり仕事が制限されたりという状況下での話なのである。

 コロナだけではない。ロシアでは戦争が始まり、香港ではデモが起きる。分断が可視化される。これはそんな社会で「それでも」ささやかな毎日を送る私たちの記録だ。一人暮らしの瑛子が感じる不安、飲食店主の円の選択、客たちの事情。「それでも」生きていかねばならない私たちへのエールと労りが、ここには詰まっている。

 前作を未読でも問題ない。登場人物にたっぷり共感しつつ、世界の絶品料理をめしあがれ。