政治家と新聞記者は切っても切れない関係にあるのは昭和の時代も令和の今も変わらない。首相と昵懇となったり、派閥の領袖にアドバイスをしたり、政界を裏から動かす新聞記者はどの時代にも常にいた。本書に登場する木澤行成も、30年以上政治記者として裏から政界を動かしてきたという人物。キングメーカーは実在するのか? 本書に書かれた話は事実なのか? 元新聞記者の著者だからこそ描けた物語の舞台裏を聞いた。

 

■身内以外にブレーンを置こうとしない岸田首相は、国民感情とズレていく、だから、支持率も上がらない。

 

──本作の主人公は全国紙である日西新聞の国枝裕子という30代の女性記者ですが、圧倒的な存在として、70歳間近の上席編集委員・木澤行成がいます。木澤は通信社記者を経て日西新聞に転籍した政治部記者ですが、モデルとなった記者はいるのでしょうか? エピソードなどをお聞かせください。もちろん、話せる範囲でかまいません。世に出してはいけない話もあるでしょうし……。

 

本城雅人(以下=本城):私の中で政治記者と言われて浮かぶのは渡邊氏を置いて他にいません。ですのでイメージしたのは読売新聞の渡邉恒雄代表(読売グループ代表主筆)です。戦後の保守合同を進めた大野伴睦氏に食い込み、中曽根康弘元総理の盟友だった渡邊氏が、経営者にならずに現場記者のままなら日本の政治史はどう変わったか。小泉純一郎内閣、第二次安倍晋三内閣は誕生していなかったのではないか? 民主党への政権交代もなかったのでは? そうしたことまで想像しました。もちろん登場人物の木澤という記者はフィクションですが、かつて日本の未来を憂い、政界を動かした記者を主人公に物語を書きたい、そう決心したきっかけになりました。

 

──本作では、政治家が新聞記者を利用したり、逆に記者が政治家を動かしたりしますが、そうしたことは実際にあるのでしょうか。

 

本城:私は政治記者ではなかったので現場を経験したわけではないですが、本作を書くにあたって取材した方からは「あった」と聞いています。政治家に政治信条があるように、新聞社には理念があり、政治記者もそれぞれが考えを持って取材しています。それが社会部記者や社会派ジャーナリストとの根本的な違いです。社会部記者やジャーナリストが権力者の不正を暴こうとするのに対し、政治記者は、よりよい国や社会を作る一員でいたいとの思いが第一にある。政治家も自分たちが動くと軋轢が生じてしまうと、他の政治家への伝言役などを記者に任せる。自民党に限らず、野党においても、有名な政治家には必ず懐刀と呼ばれる名物記者がいたと聞きました。

 

──令和のいま、政治家と新聞記者の関係性は、より蜜月だった昭和の時代に比べて変わったのでしょうか?

 

本城:大きく変わったでしょうね。懐に入るというのは、清も濁も知ること。そのためにはプライベートで家に上がり、酒を飲み、時にはゴルフや麻雀もやる。そういう場で失言があっても本筋と違えば聞き流す。いや、有能な記者は「それを他で言ったらあなたの人生が終わりますよ」と注意するのでしょう。それが今は、週刊誌に漏れ、記者もオフレコの約束を平気で破る。今回取材したベテラン記者には、「政治家に頼りにされなくなった時点で、新聞は説得力を失ったんだよ」と話す人もいました。

 

──本城さんはこれまでに吉川英治文学新人賞を受賞した『ミッドナイト・ジャーナル』や直木賞候補にもなった『傍流の記者』など、新聞記者を題材にした小説を上梓していますが、そこにはどのような思いや狙いがあるのですか?

 

本城:私が記者小説を書く時は、彼らの取材活動や視点を通じて、変わりゆく時代を写し取りたいというのがテーマの基盤にあります。今回は昭和の記者の象徴である木澤行成と30代の国枝裕子を対決させましたが、「木澤がやったこと自体は正しいんじゃないか」と感じる読者がいても、それぞれの時代観なので構いません。メディアにいる知人からは「岸田総理には木澤がいない、身内以外にブレーンを置こうとしないから国民感情とズレて、支持率が上がらないんだよ」と言われましたし。

 

──刊行にあたり、「20年の新聞記者生活の悔悟と葛藤を込めて、この物語を書きました」と本城さんは語っておりますが、このメッセージの意味を教えて下さい。

 

本城:私が作家になる前にいたスポーツ新聞、とくにプロ野球の世界は、政治記者とよく似ていて、名監督や名選手には必ず相談できる名物記者がいました。私はそこまでではなかったですが、選手の相談に乗ってトレードに動き、監督就任後の組閣に関わった経験はあります。それがある時期から、一般の人から見れば既得権益者である記者が、陰でコソコソ動くことが許されなくなった。今思えば記者生活晩年の私は、時代の変化に戸惑い、迷子になっていました。政治家や著名人の発言の切り取りがメイン記事となっている今は、メディアはどこか部外者です。物語の最後に裕子の覚悟を書いたのですが、今の時代の記者にも望むことがあります。外から報じるのではなく、取材対象者に意見をぶつけ、誤っていれば批判もされますが、ネットで読まれて拡散する今の時代だからこそ、炎上を恐れず、論を張った記事を書いてほしいです。

 

【あらすじ】
日西新聞に中途入社して政治部に配属された国枝裕子は編集局長からの特命を帯びていた。それは上席編集委員の木澤行成をメディアから退場させること。木澤は民自党総裁選の投票を操り、国会議員の不祥事を揉み消し、政治家の弱みを握り、30年以上も政界を動かしてきた。新聞記者でありながらキングメーカーとして暗躍していることをもはや看過できない。昭和の負の遺産を若き女性記者が断ち切る時が来た。

 

本城雅人(ほんじょう・まさと)プロフィール
1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒業。産経新聞社入社後、スポーツ紙記者として活躍。2009年『ノーバディノウズ』が松本清張賞候補となりデビュー。17年『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞を受賞。18年『傍流の記者』で直木賞候補。著書に『マルセイユ・ルーレット』『にごりの月に誘われ』『残照』『不屈の記者』など多数。