日西新聞に中途入社して政治記者となった国枝裕子は編集局長からの特命を帯びていた。それは上席編集委員の木澤行成をメディアから退場させること。木澤は民自党総裁選の投票を操り、政治家の弱みを握り、30年以上も政界を裏から動かしてきた。新聞記者でありながらキングメーカーとして暗躍する異形の存在を許していいのか。日本の政治の“リアル”を活写した迫真の永田町政界エンタメ小説の登場だ。

「小説推理」2023年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『キングメーカー』の読みどころをご紹介します。

 

その新聞記者は政局の夜に動く。 総裁選を操り、「永田町の蜃気楼」 と呼ばれる闇の権力者を、 新世代の女性記者がぶっ倒す!  さようなら、 昭和のフィクサー。 もう、時代は変わったの  元新聞記者の著者だからこそ描けた 痛快!永田町エンタメ小説

 

「20年の新聞記者生活の悔悟と葛藤を込めて、 この物語を書きました」――本城雅人

 

■『キングメーカー』本城雅人  /細谷正充[評]

 

たった1人の新聞記者が、長年にわたり政局を動かし、総理大臣の選出にも干渉していた。元新聞記者の本城雅人が、マスコミの倫理と記者の矜持を問う。

 

 本城雅人は、得意な題材を幾つか持っている。具体的にいうと、「野球」「競馬」「ミステリー」「新聞記者」だ。「小説推理」に好評連載され、このたび単行本になった『キングメーカー』は、新聞記者を主人公にした作品である。元新聞記者である作者が、熟知した世界を舞台に、いかなる物語を創り上げたのか。本を開く前から期待が高まる。

 日西新聞政治部に、木澤行成という記者がいた。69歳で定年を過ぎているが、上席編集委員として年契約で働いている。いままでに何度もスクープを飛ばしており、日西新聞は彼に頼り切りなのだ。しかし木澤は、記者の立場を超えて、長年にわたり政局を動かしたり、総理の選出さえ何度もコントロールしている。木澤の存在に危機感を覚える日西新聞の上層部は、やっと彼を排除することを決めた。

 週刊誌記者を経て、日西新聞に入社した国枝裕子は、服部編集局長から木澤と一緒に行動するようにいわれる。木澤に振り回されながら、現政権の大物政治家たちと会う裕子。また、日西新聞では最年少総理官邸キャップである廣瀬浩介も、何かと木澤に付きまとう。そんなとき荘口弘総理が入院したことで、政局が大きく揺れるのだった。

 以上のような、裕子を主人公として進展するストーリーの途中に、何度も【実録 政治記者・木澤行成】というルポルタージュが挿入される。木澤の生い立ちから筆を起こし、一介の記者でありながら、総理の選出までコントロールするほどの力をいかに得たかが綴られている。最初はサクセス・ストーリーのように読めたが、しだいに不穏な文章が増えていく。このルポルタージュはいったい……。

 そんな疑問と並行するように、裕子のパートにも意外な展開が待ち構えている。得意としているミステリーの手腕を、作者は遺憾なく発揮。詳しく書けないのがもどかしいが、そんな事実が隠されていたのかと驚いた。

 さらに、政治家と政治状況の描き方も見逃せない。本書では1980~90年代にかけてと、2020年の政治家と政治状況が克明に描かれている。現実を踏まえたフィクションであるが、実にリアルなのだ。なるほど、政治はこうして動くのかと感心してしまった。

 そのようなストーリーから、木澤の政治モンスターともいうべき肖像が浮かび上がる。一方で、新聞の倫理と、記者の矜持も鮮やかに表現されていた。この1冊は、まさに“社会の木鐸”なのだ。