いよいよ始まったNHK大河ドラマ『どうする家康』。希代の英雄・家康が天下統一に向けて歩んでいく姿が描かれるが、その覇業を底辺で支えたのは名もなき足軽たちである。「三河雑兵心得」の主人公・茂兵衛は元百姓。ひょんなことから家康の足軽となり、武士として成長していく。同時に、主君である家康が、頼りない田舎大名から喰えない狸親父へと変貌していく様は英雄の新たな魅力を活写したとして評判だ。
第11巻『百人組頭仁義』は、秀吉の惣無事令に揺れる徳川家中が描かれる。はたして茂兵衛は、今度はどんな難題を家康から命じられるのか。
「小説推理」2023年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューでその読みどころをご紹介します。
■『三河雑兵心得 百人組頭仁義』井原忠政 /細谷正充[評]
本多平八郎の娘と、真田昌幸の嫡男の婚姻を成立させろ。徳川家康の無茶振りに、植田茂兵衛が奔走する。井原忠政の人気シリーズ、待望の第11巻。
徳川家康の下で雑兵から出世していく、植田茂兵衛の活躍を描いた、井原忠政の「三河雑兵心得」シリーズも、本書で第11巻に突入した。前巻ラストの軍制改革により、鉄砲組百人を率いる侍大将になるはずだった茂兵衛。だが横槍が入り、鉄砲百人組は率いるものの、身分は足軽大将のままだ。しかも“お偉いさん”になってしまった茂兵衛と、配下との意思疎通が上手くいかない。おまけに訓練中、足軽が小頭を撃ち殺して逐電するという事件が発生。前途多難である。
そんな茂兵衛だが、穴山衆を懐柔したい家康の命を受け、江尻城に行くことになる。だが江尻城には、茂兵衛と縁の深い、ある人物がいた。
出世をすれば立場が変わる。立場が変われば、組織内での人付き合いも変わる。現代人と共通する問題に、茂兵衛は翻弄されるのだ。しかも茂兵衛が使えると分かっている家康は、何かと彼に無茶振りをする。江尻城の一件など、まだマシな方。天下人の道を歩む関白秀吉の発した惣無事令の余波が、茂兵衛に予想外の苦労を強いるのだった。
惣無事令とは、関東と奥羽に発した私闘の禁止令である。これを受けて家康は、因縁の相手である真田家と、本格的な和睦を模索する。その方策として、徳川家家臣の本多平八郎の娘・稲姫と、真田昌幸の嫡男・源三郎の婚姻を考えたのだ。しかし平八郎は、大の“真田嫌い”である。この平八郎の説得を託されたのが茂兵衛なのだ。
真田嫌いと、娘可愛さにより、平八郎が暴走。それを宥めることになった、茂兵衛の奮闘が読みどころ。この“結婚狂騒曲”が愉快であり、随所で笑ってしまった。もともとユーモラスなところのあるシリーズだが、今回はそれが強く出たといっていい。
しかし一方で、シリアスなエピソードも挿入されている。たとえば、冒頭の訓練中の殺人事件。犯人が捕まると茂兵衛は、能天気な甥の小六の性根を鍛えようと、非情な命令を下す。厳しい方法で、若者の成長を促す主人公に、戦国武者の風格が感じられた。
さらに後半になると、名胡桃城事件がクローズアップされる。戦国ファンにはお馴染みの事件だが、こういう風に茂兵衛を絡ませるのかと感心。同時に彼を利用した者たちの、悪辣な思惑に戦慄する。陰湿な政治の時代へと向かう流れの中で、茂兵衛はどう生きるのか。シリーズの行方から、ますます目が離せないのである。