娘を殺されながらも極刑を望まなかった半田龍樹は、妻とも別れ、小さな居酒屋を始めた。一見、平穏に流れる日々――。だが、常連客は知らなかった。龍樹の陰の”制裁”を。卑劣な罪を犯しながらも逃げおおせた者を執拗に追跡し、淡々と運命の引き金を引いていく龍樹。黒い血に塗れた両の手は、やがて思いがけない事態を引き寄せてしまう。猛毒ミステリー『いっそこの手で殺せたら』で話題の小倉日向のデビュー作『極刑』が待望の文庫化。同作の読みどころを紹介する。

 

被害者の苦しみを、犯人と同じ手口で100万倍にして返す凄まじさ、痛快さ

 

正義なんてどこにもない。神もいない。
ただし、悪魔はいる。

 かつてナチスの宣伝相ゲッベルスの秘書だった103歳の女性は、こんな言葉を残して3年後に死んだ。

 もしも彼女の言葉が真実だったとしたら。そして、不幸にも「悪魔」に出会ってしまい、大切な人を心身ともになぶり殺しにされたとしたら。正義も存在せず神もいないこの世界では、もはや泣き寝入りしかないのか――。

 昨夏、衝撃ミステリー『いっそこの手で殺せたら』が話題となった小倉日向のデビュー作『極刑』(双葉文庫)は、そんな過酷な問いを容赦なく突き付けてくる長編である。

 愛娘を殺されながらも極刑を望まなかった半田龍樹は、妻とも別れ、小さな居酒屋を始めた。店はそこそこ繁盛し、一見、日常は平穏に過ぎていく。だが、常連客は彼が密かにいそしむ「社会のゴミ掃除」に、誰ひとりとして気付いていなかった。

 卑劣な罪を犯しながらも逃げおおせた者を執拗に追跡し、淡々と闇に葬っていく龍樹。ターゲットはどれも性根の腐り切った「悪魔」ばかりだ。

 デートドラッグで女性を毒牙にかける広告代理店マン。飲酒運転の果てに子供たちを轢き殺した金持ちのバカ息子。内縁の妻だけでなく、その連れ子にまで苛烈な暴力を振るうDV男……被害者の苦しみを、犯人と同じ手口で100万倍にして返す凄まじさ、痛快さは、『いっそこの手で殺せたら』に連なる小倉日向の原点であり、真骨頂だろう。

 一方、龍樹はなぜか娘の仇である青年を生かし、毎月刑務所で面会する。罪を責め立てず、さりとて決して赦さず、ただ対話を重ねる理由も、物語に切ない深みを与えて読者を引き込んでいく。

 だが後半、龍樹の精神を一気に崩壊に追い込む、ある事件が勃発。たったひとつの残酷なほころびが次々と異常事態を引き寄せ、究極の選択を迫られるのだ。

 龍樹は悪魔に極刑を下すことができるのか。あるいは、極刑が下るのは彼のほうなのか。ぜひ見届けてほしい。正義も神も存在しないこの世で、主人公がつける壮絶な“落とし前”を。