どんな人にも人生の分岐点はあるだろう。進学、就職、結婚など、常に選択肢が待ち受けている。本作はそんな「運命の分かれ道」を描いたミステリーだ。親友でもあるボスを殺して泥棒稼業を続けるか、足を洗ってパン屋になるか。悪党と善人、対極の人生を歩むことになった男の運命はいかに? 衝撃作『人類最初の殺人』でデビューし、本作で初の長編に挑んだ小説推理新人賞作家の上田未来さんに話をきいた。
『ボヘミアン・ラプソディ』のオペラパートとハードロックパートの融合みたいなことが小説で表現できたら
──初の長編小説である本作は、パン屋と盗人という正反対の人生を生きることになった男の並行世界ミステリー。世界が分岐したあとは、BOSS パートとBAKER パートを交互に描きながら物語は進みます。斬新な設定ですが、どういうきっかけで思いついたのでしょうか?
上田未来(以下=上田):実は、パン屋にすごく憧れがあり、子どものころはそれこそパン屋さんになりたかったんです。
並行世界を書こうと思ったきっかけは、自分にとってかけがえのないものを不意に失ったあと、人はどういう心境で生きたらいいんだろうと考えたことでした。自分の望むものを手に入れた人でも、失うことを恐れて生きるかもしれないし、どちらが幸せなのかを並列して描いたら何か見えてくるものがあるかなと思いました。対照実験ですね。「第一日目、〇〇を与えたAのケージには変化が見られた」みたいな。主人公の人生を使ってそんな実験をするなんて、小説とはいえ、少し残酷な気もしますが、自分もその答えが知りたかったのです。
──人生には常に分かれ道がありますよね。主人公の錠二の放った銃弾が、命中するか、ジャムるか(動作不良)で大きく人生は分かれる。上田さんご自身を振り返って、これまで「運命の分かれ道」を感じたことはありますか?
上田:しょっちゅう感じます。あのとき、ああしておけばどうなったのかな、とか、あれがなかったら何か変わったのかな、とか。そのときは些細な違いでも、その先に大きく変わることがあるんじゃないかな、とか。考えはじめるとキリがありません。反対に、大きく変わったように見えても実質的にあまり変わっていないこともあると思います。結局、どう変わるにしても、そこでどう生きるのかが大切なのでしょう。
──錠二の生き方は大きく変わりました。平和でほっこりしたパン屋、常に緊張を強いられる泥棒稼業。それでも人間性は大きく変わっておらず、1人の主人公で2つの物語を楽しめるのは本作の楽しいところ。他にも読みどころや楽しんで欲しいという場面を教えてください。
上田:BOSSパートとBAKERパートの並行世界が、共鳴したり反発したりしながら進んでいくのを楽しんでもらえると嬉しいです。
──デビュー作の連作短篇『人類最初の殺人』では、「犯罪の起源」をテーマにして、「殺人」「詐欺」「盗聴」「誘拐」「密室殺人」と、人類がはじめて起こした事件に迫りました。これは誰も挑んだことのないテーマであり、ユーモアもたっぷりで笑いと驚きに満ちていました。本作も錠二と、そのボスの太陽が悪党のときもパン屋のときもユーモアたっぷり。読者を楽しませようというアイデアに満ちていましたが、このあたりは常に意識しているのでしょうか? また、参考にしている小説家や作品があれば教えてください。
上田:小説ではないのですが、イギリスのロックバンドであるクイーンの楽曲『ボヘミアン・ラプソディ』の、まったく雰囲気の違うオペラのパートとハードロックのパートの融合みたいなことが小説で表現できたらいいなと執筆時に思いました。コントラストのはっきりしたふたつのものが混ざり合って、最後に一緒にクライマックスを迎えるような。曲の途中で、フレディ・マーキュリーが突然オペラチックに「ガリレオー!」と歌いだすのをはじめて聴いたときは、すごくおもしろく感じました。異質のものが混ざり合う瞬間に生まれる美しさがあると思います。
あとは、作中にも出てきますが、子どものころから好きだったビートルズの『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』の世界を参考にしました。フレディ・マーキュリーとジョン・レノンのふたりは、実験的な作品をポップにすることができ、かつユーモアがあって好きです。
書くときはいつも、読む人を楽しませたいと思いながら書いています。そして自分自身も書くのを楽しみたいです。
【あらすじ】
天才錠前師の錠二は元パン屋で盗人の太陽に出会い、彼のチームに参加することに。悪党からしか金を盗まない太陽のチームは完璧な四人組になりつつあった。だが、錠二は太陽にありもしない横領疑惑を向けられ、太陽を撃ち殺そうとするのだが……。その瞬間、世界は〈銃弾が命中した世界〉と〈動作不良で銃弾が発射されなかった世界〉に分かれてしまう。太陽に代わってボスになる錠二、太陽とともに足を洗ってパン屋開店を目指す錠二。義賊とパン職人、正反対の並行世界を生きているはずなのに、運命はやがて交わることに――。
上田未来(ウエダ・ミライ)プロフィール
1971年山口県生まれ。関西外国語大学卒。「濡れ衣」で第41回小説推理新人賞を受賞。他の著作に『人類最初の殺人』がある。本書が初の長編小説となる。