11月10日に『黒と誠~本の雑誌を創った男たち~』が発売された。本作は、1976年に創刊され、現在も続く書評誌「本の雑誌」の草創期を描いた漫画作品だ。目黒考二の『本の雑誌風雲録』、椎名誠の『本の雑誌血風録』を合本にした『社史・本の雑誌』(本の雑誌社)を原作に、漫画『どくヤン!』で知られるカミムラ晋作が新たに綿密な取材を行ったうえで「本の雑誌」サーガを作り上げている。
今回は『黒と誠』の発売記念として、現在の本の雑誌社員による座談会を開催。全4回でお送りする。
(取材・文/菊池俊輔)
【座談会出席者】
浜本茂…「本の雑誌」の発行人・編集長
杉江由次…営業担当
松村眞喜子…「本の雑誌」の編集担当
浜田公子…事務全般担当
前田和彦…単行本の編集担当
──他の方の、今後の期待シーンはどうでしょうか。
浜田:私は群さんが事務所で一人、鳴らない電話の番をしていて、そこに沢野さんが遊びに来るところ。
松村:沢野さんはもっと見たいですよね。本当に天才なので。沢野さんが『味噌蔵』のイラストを描かないまま内緒で出張に行って、激怒する目黒さんや群さんの元に出張先からカステラが送られてくるっていう……。
杉江:あれはヒドいよね(笑)。小包でイラストが届いたと思ったらカステラだったっていう。で、紙切れに「ごめんなさい」って(笑)。
浜本:『味噌蔵』の挿絵は、ちょうどカステラの箱に収まるサイズだったんですよ。そんな箱が届いたら中には絵が入ってると思うじゃないですか。まあ、普通のイラストレーターだったら、カステラの箱が送られてきたら中身はカステラだと思うけど、何しろ沢野さんだからね……。
松村:天才だからね。そうしたら、本当にカステラだった(笑)!
前田:僕は女性が登場するのが楽しみですね。今は男ばかりの世界だから。
松村:『黒と誠』は今のところ、椎名さんの奥さんの(渡辺)一枝さんくらいしか女性が出てきてないからね。
杉江:家族といえば、『黒と誠』で椎名さんが葉ちゃんに『三びきのやぎのがらがらどん』を読んであげているシーンがあるけど、あれは椎名誠マニアの心をくすぐるよね。
──『岳物語』の岳くんだと思われた読者の方もいたようですが、『岳物語』には出てこない、長女の椎名葉さんなんですよね。
杉江:椎名さんの絵本の本(『絵本たんけん隊』)に、『がらがらどん』の「誰だぁ!」のところで葉ちゃんがいつも身を縮めるとあるんだよね。あの椎名ファミリーの場面は好きだなぁ。
──最後に、現在の「本の雑誌」の刊行を担っている立場から、読者の皆さんに伝えたいメッセージをお願いします。
浜田:『黒と誠』は「本の雑誌」を知らない人にも読んでもらえると嬉しいです。そして、「本の雑誌」も買ってください!
松村:実は今でも続いてるんですよ、っていう。
杉江:目黒さんと椎名さんが心の中で思い描いた雑誌が形になってから半世紀近くが経ちますが、あれだけ適当に始めたものが意外なことに現在まで続いている。このマンガを読んで、新しく何かを始めてみたいって思った人もいるかもしれないけど、予想を超えて長く残るものになるかもしれないから、やってみたらいいんじゃないのって思いますね。俺も『黒と誠』を読んで、本当はもっとやりたいことがあるかもしれないって、ちょっと考え直しちゃった。だから、この作品が読者の皆さんが何かをスタートするきっかけになればいいと思いました。
浜本:目黒さんと椎名さんは、本好きという共通点だけで集まって雑誌を作り、成功したわけですが、それはすごく幸せなことですよね。何かを好きな人が、同じように好きな人と出会って、そこから新しい何かが生まれるのは、すごく楽しいし、さらにそれが売れて世に出ることができたら素晴らしいですよね。自分が好きなことを同じように好きな人と……今なら雑誌じゃなくて違うメディアになるのかもしれませんが、そういう試みはやってみる価値があるんですよね。
杉江:目黒さんと椎名さんって3歳ほど年齢差があるのに、あんなに仲良く付き合えたってことが凄いよね。
浜本:そもそもが上司と部下の関係で、友達から始まってないからね。
杉江:入った会社を3日で「辞める」って言い出すような部下と親しくなっていったわけでしょう。
浜本:あの2人に限らない話ですが、よく人間関係が繋がったものだと思いますよ。本には人同士を繋ぐ力があって、それは今でも変わっていない。そのことがこの作品を通じて、後の時代の人たちにも伝わってくれたら嬉しいですね。
カミムラ晋作
1974年、愛知県生まれ。岐阜大学中退。2005年に週刊少年チャンピオンにて『サイカチ〜真夏の昆虫格闘記〜』(原作:藤見泰隆)で漫画家デビュー。代表作に『ベクター・ケースファイル』(同上)『マジャン〜畏村奇聞〜』『おとうふ次元』(原作:森繁拓真)など。読書するヤンキーを題材としたギャグ漫画『どくヤン!』(原作:左近洋一郎)は、3巻が電子書籍のみでの発売となったが、後に本の雑誌社より『どくヤン!読書ヤンキー血風録』として紙版が刊行された。
ツイッター:https://twitter.com/kamimurake
本の雑誌
1976年に、目黒考二、椎名誠らによって創刊された雑誌。
WEB本の雑誌:https://www.webdoku.jp/
椎名誠
1944年、東京都生まれ。東京写真大学中退。流通業界誌編集長を経て、作家、エッセイスト、写真家、映画監督など多方面で活躍。「本の雑誌」初代編集長。79年『さらば国分寺書店のオババ』でデビューし、その後『アド・バード』(日本SF大賞)『武装島田倉庫』などのSF作品、『わしらは怪しい探検隊』シリーズなどの紀行エッセイ、『犬の系譜』(吉川英治文学新人賞)『哀愁の町に霧が降るのだ』『岳物語』『大きな約束』などの自伝的小説、『風のかなたのひみつ島』『全日本食えば食える図鑑』『海を見にいく』など旅と食の写真エッセイと著書多数。映画『白い馬』では、日本映画批評家大賞最優秀監督賞ほかを受賞している。
椎名誠旅する文学館:http://www.shiina-tabi-bungakukan.com
目黒考二
1946年東京都生まれ。明治大学卒業。評論家、編集者、エッセイスト。1976年、椎名誠らと「本の雑誌」を創刊。2000年12月まで発行人を務める。ミステリー評論家・北上次郎、競馬評論家・藤代三郎の名も持つ。84年『冒険小説の時代』で日本冒険小説協会賞最優秀評論大賞受賞。94年『冒険小説論 近代ヒーロー像100年の変遷』で日本推理作家協会賞評論その他の部門受賞(ともに北上次郎名義)。