竹内結子さん、二階堂ふみさんが演じた女性警察官・姫川玲子。その原作シリーズの著者が新たな警察小説の傑作を送り出した。その名は『背中の蜘蛛』だ!

 東京・池袋で男の刺殺体が発見された。その約半年後、東京・新木場で爆殺傷事件が起きる。二つの事件に共通するのは、容疑者が浮かんだ時に刑事が感じた「違和感」。捜査の裏に、いったい何があったのか――。

 高度化する情報社会における警察捜査を重厚に描いた第162回直木賞候補作、待望の文庫化。

「小説推理」2019年12月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『背中の蜘蛛』の読みどころをご紹介します。

 

背中の蜘蛛

 

背中の蜘蛛

 

■『背中の蜘蛛』誉田哲也 著  /細谷正充:評

 

事件解決の情報を与えたのは何者なのか。社会の情報化に対応して警察も変わる。だが、それは正しいのか。これが今の日本を捉えた、最新の警察小説だ。

 

 2019年の7月に双葉文庫から出た警察小説アンソロジー『警官の目』に収録された、誉田哲也の「裏切りの日」を読んだ人ならば、本書の刊行を待っていたはずだ。なぜなら「裏切りの日」は、本書の第1部なのである。

 池袋署刑事課の課長・本宮夏生は、管内で起きた殺人を担当する。しかし捜査は、遅々として進まない。そんなとき捜査一課長から、殺された男の妻の過去を、ひそかに調べるように命じられる。命令系統から外れた捜査一課長の指示を怪しみながら、本宮はふたりの部下を使い、妻の過去を調べるのだった。

 事件の犯人も殺人の動機も、分かってみればありふれたものである。だが、事件を解決に導いた、捜査一課長の命令は何だったのか。疑問が解かれぬまま、第2部「顔のない目」が始まる。

 こちらは違法薬物の売人が爆殺され、尾行をしていた警視庁本部の組織犯罪対策部に所属する植木範和が負傷。事件は、植木と組んだことのある高井戸署の佐古充之が掴んだ情報により解決する。しかし情報の出どころが不鮮明だ。疑問を感じた植木は、その情報の出どころを突き止めようとする。そんな彼に声をかけたのが、今は捜査一課の管理官になった本宮であった。

 以上がプロローグであり、第3部「蜘蛛の背中」がメインの物語といっていいだろう。ふたつの事件の裏に、同じ匂いを感じた本宮は、植木と佐古と共に、真実を追う。その一方で、新設部署の警視庁総務部情報管理課運用第3係(運3)を指揮する上山章宏を中心に、人手不足に苦しむ運3の仕事の様子が描かれていく。さらに警察とは別の、市井の物語も進行する。

 やがて3つのストーリーが絡まり、情報化社会に対応した運3の実態が見えてくる。だがその手段は、許されるのか。もしかしたら、すでに現実になっているかもしれない恐怖に慄然とした。作者は、科学や技術の発展により、激しく変化していく社会に呼応した権力の、越えてはならない一線を、警察小説の形で鋭く問いかけているのである。

 しかも、問題を提起するだけでは終わらない。本宮や植木の熱い刑事魂や、終盤の上山とある人物の会話を通じて、ひとつの答えを出している。その答えに救われた。社会がどれだけ変わろうと、人間の心を持つ者がいるならば、希望が失われることはないのだ。